(30)癒しの風⑨
――なんてこった
カイルは頭を抱えた。
厄介な世界の番人と、すすんで交流するなど、カイルにもディム・トゥーラにも計画はなかった。カイルの希望とシルビアの選択は、まさに真逆だった。
「シルビア様、素晴らしいです」
ファーレンシアが尊敬の眼差しでシルビアを、見つめている。
こちらもカイルにとって計算外だった。ファーレンシアはシルビアを全面的に支持をしている。
「世界の番人と交渉が可能など、そんな発想が私達にはありませんでした」
「労使交渉は基本です。労働の対価は正しくもらわねばなりません」
「労使交渉――ですか?」
「ファーレンシア様も正しく要求するべきですよ?世界の番人の助言による先見で、健康に害がでていたのですから、交渉の余地が十分にありますよ?」
「私が、ですか?」
「はい」
ファーレンシアは考えこんだ。
「でも、私はすでに願いごとを叶えてもらっています」
「カイルのことですね?」
あっさり看破したシルビアの言葉に、ファーレンシアは頬を染めた。
「僕?」
鈍い反応に、はあ、とシルビアが小さな吐息を漏らした。
「鈍いですね。ファーレンシア様が願うのは、貴方に関することに決まっているでしょう」
「シルビア様っ!」
「何を世界の番人に願うと言うのさ。僕がファーレンシアを好きなのは、僕の意志だ。世界の番人が干渉する余地など、これっぽっちもないし、今後も干渉させるつもりはない」
「――」
「――」
ファーレンシアは婚約者の言葉に、茹で上がったタコのように真っ赤になった。
「カイル?」
「何?」
「貴方は天才的に無自覚で人をたらす才覚に恵まれています。でももう少し場を読む修行を積むべきです」
「場を読む修行って、何さ?」
「そういう言葉は、私のいないところで言えば満点でした。さあ、今から二人きりにしてあげますから、再チャレンジしてみましょう」
「え?」
「トゥーラ」
――なあに?
「アイリのお菓子を食べに行きますよ。同行しますよね?」
――もちろん 「馬に蹴られる」 前に って ヤツだね?
「よくわかっている賢い子ですね」
――よくできる 賢い子 代表
鼻高々にウールヴェは出口に向かうシルビアに付き添った。
「シルビア?」
「さっきの台詞をもう一度復唱するまで、戻ってきちゃダメですよ?」
「シルビア?」
シルビアは聖堂から立ち去り、カイルは呆然と見送った。
ふと、振り返るとファーレンシアは、顔を真っ赤にして両手に顔を埋めている。
シルビアの最後の言葉を反芻していたカイルは、先程、自分が放った無意識の台詞にようやく辿り着いた。
「……あ」
無意識に生み出した台詞の内容を自覚したとたん、羞恥にカイルも顔を赤らめた。
「あ、あの、ファーレンシア、これはね、その――」
「…………です」
「え?」
「ふ、二人きりで……さ、先程の言葉……言われたい……です」
「――!!!」
シルビアが命じた課題の難易度が、致命的に急上昇した。
――僕 役に 立った?
「いろいろな意味で、とても役に立ちましたよ」
――よかった
「世界の番人は怒っていませんか?」
――大丈夫 困惑しているだけ
「困惑ですか?」
――こんなこと 言われたの 初めて だから――あっ!!
「どうしました?」
――余計な ことを 言うな と 怒られた
しょんぼりするウールヴェにシルビアが笑った。
「そういう余計なことを教えてくれれば、アイリのお菓子をあげますよ?」
――本当?
シルビアはウールヴェの買収に成功した。




