(29)癒しの風⑧
「ですが、私に関しては、賠償の代価が見合っておりません」
――――なんだと
「天上でカイルが突然消えたため、私は彼の健康を監視する立場であったにもかかわらず、任務を全うできず信用を失いました」
――――ほう
「私は彼の消失ですさまじいストレスに見舞われ、身体を壊しかけました。それ相応の賠償の代価を望みます」
――――交渉上手だな。何を望む?
「賠償の代価をいただけると?」
シルビアは穏やかな微笑を浮かべたが、カイルはそこに潜んだ真の感情を見抜いていた。
「世界の番人に二言はございせんね。大変感謝いたします」
巧みに先に礼を言い、交渉が成立したかのように振る舞う。シルビアは代価として何を望むのだろう。
「では、私は代価として、今後もこうして会話を交わす権利を要求します」
――――………………………………
ものすごく長い沈黙だった。
世界の番人が無視して立ち去ったかと勘違いするほど、静寂が続いた。
「あら、帰ってしまわれましたか?」
――――いる………………
「まあ、よかった。お帰りになられたら、どこに訪ねていけば、わかりませんから」
唇に指を押し当てて、シルビアがにっこりとウールヴェに微笑む。
――――治癒師よ、なぜそれが代価になるのか、代価の意味が理解しかねる
「え?それほど、難しい要求じゃないと思いますよ?金貨も消費しない極めて妥当な価格かと」
――――なぜ、会話を交わすことが代価になるのか?
「極めて高級な代価です。希少な価値があります」
――――どこに価値を求めた?
「貴方となかなかお話する機会が限られているからです」
――――審神者になりたいのか?
「審神者――ナーヤのお婆様やファーレンシア様のような世界の番人の代弁者の職ですね?いいえ、私の職は「治癒師」です。別に代弁者として、民衆と貴方を繋ぎたいわけではありません」
――――ではなぜ望む?
「貴方のような存在の概念が私達には全くないからです。この無理解は大災厄を止める上で、障害になります。もちろん、貴方側の誓約が存在していることは理解しています。その隙間を縫って、相互理解の道を歩むにはこういう方法しかないかと」
――――隙間を縫う?
「貴方は地上の民には、生死にかかわる多大な干渉ができない。大災厄は止めたい。初代達と誓約を交わしている。人々が望むことを叶えることが、原動力になっている」
シルビアは指をおりながら、推論を述べていく。
世界の番人の返答はなかった。
「あとは、答えることが可能なことは、答えてくれる――私は、私の賠償対価として、貴方との対話を望みます。叶えていただけますよね?」
――――…………知恵者だな
「褒め言葉として、受け取ってよろしいですよね?」
――――もちろんだ。小細工を弄して、こちらを引きずりだす大馬鹿な頑固者より遥かに好ましい
「ちょっと、それって――」
「貴方のことです」
カイルの抗議の言葉を、シルビアはピシャリと封じた。
――――よかろう、代価を認めよう
「ありがとうございます。――お話をしたい時は、どうしたら?私のウールヴェを通じて頼めば、よろしいですか?」
――――やめておけ。お前のウールヴェは、幼く、器として小さすぎる。弾け飛ぶぞ
さらりと世界の番人は恐ろしいことを言う。
「では、トゥーラか精霊鷹を介してですか?」
――――そうなる
「わかりました」
――――……他に望みは?
シルビアは、しばし考えこんだ。
「末永くお友達でいてください」
――――…………………………
またもや、世界の番人の長い沈黙が続いたあとに、トゥーラから気配が唐突に消えた。
「シルビアっ!!」
「世界の番人について、いっぱい論文が書けそうですね」
彼女の感想は、どこかズレていた。




