(27)癒しの風⑥
「トゥーラ、重いよ、どいてくれ」
――かいる の 嘘つき 重さ なんか 感じてない くせに
トゥーラに動く気配はなかった。
「どいてくれ」
――やだ
精霊獣は甘えるようにカイルの膝を占拠していた。
カイルは途方に暮れて、そばにいる二人に救済を求める視線を投げた。シルビアが複雑そうな顔をして敷布に腰をおろしていた。
「シルビア?」
「カイル、私の傷が治りました」
「え?」
シルビアは傷痕が消えた両手をカイルの視線にさらした。
カイルの顔は喜びに輝いた。
「よかった。ずっと気になっていたんだ」
「私を癒しの対象にしましたか?」
「うん?深く瞑想したから、あまり覚えてないなあ」
「無意識の産物ですか?」
――怪我 を させた でぃむ・とぅーら に 対して 癒し を 流す の だから 同じ 立場 の しるびあ も 受けて 当然 でしょ?
「ちょっと待ってください、トゥーラ。カイルは貴方を癒すために、ここにきたんですよね?」
「――」
カイルは膝を占拠しているウールヴェを見下ろした。
「そういえば、途中からこいつのことを、すっかり忘れていた」
――ひどい
「カイル?」
「トゥーラに簡単に癒しを集められて、そのあとに、なぜかディム・トゥーラへの経路が視覚化したんだよね」
「経路の視覚化?」
「まるで一本の道だったよ」
「――それで、もしかしてディム・トゥーラに癒しを送った?」
「送れたかな?」
カイルはトゥーラに尋ねる。
――送れた よ でぃむ・とぅーら にも りーど にも 届いたよ
「ディム・トゥーラの傷も治せた?」
――うん
「よしっ!!」
カイルは嬉しそうにガッツポーズをした。
「無邪気に喜ばないでください。これは大変なことですよ?」
反対にシルビアは頭を抱えていた。
「もう、やらないでください」
「え?」
「まるで歌姫の歌じゃないですか。アドリー辺境伯を治療したときの――」
「そういえば、そうだね」
「トゥーラ、これには世界の番人が関わってますね?」
――バレた
「バレたじゃありません」
シルビアは軽くトゥーラを叱った。
「こういうことは、カイルの安全に関わります。隠し事は絶対にダメです。カイルを危険な目に合わせたくないでしょう?」
――うん
「シルビア、どういうこと?」
「カイル、この行為が人目についたら、どういうことになると思いますか?」
「えっと……?」
「皆が奇跡を求めて貴方に群がります」
「――」
「貴方は慈善事業的に人々を癒したいと思うでしょう。でも世界の番人は違います。貴方の意図と世界の番人の意図は必ずしも一致しないのですよ?」
「――」
「このズレは治癒できる存在と、そうじゃない存在を生み出します。世界の番人の恩恵をあずからない人々は、その不平等さを嘆き、怒るでしょう。その鉾先は貴方に向けられます」
シルビアは静かにカイルを諭す。
「古代史を学べば、民衆の不満が暴徒と化すことは珍しいことではありません。貴方がそれに巻き込まれれば、エトゥール王は民衆から貴方を庇う。貴方は国が保護する賢者なのだから。結果、エトゥール王は民衆と対立する。そんなシナリオになる可能性も大いにあるのですよ」
「シルビアだって施療院をやっているじゃないか」
「前提条件が違います。あれは貧しく治療する機会もなく、病気に苦しむ貧しい人々に、最低限の治療と食事を施しているだけです。健康になれば自力で生活を切り開くのですよ。貴方の治療行為は、まさに諸刃の剣です。奇跡を求めてやってくる人々を、大災厄を止めようとする貴方に捌ききれるのですか?」
カイルは、はっと息をのんだ。シルビアの指摘は正しい。
カイルの目的は大災厄の阻止であり、世界の番人もそうだ。それの邪魔にさえなる存在に世界の番人が手を差し伸べるわけは、なかった。
「カイル、大災厄が来たとき、私達は心が病むような命の選別を迫られるのは間違いありません。貴方の奇跡の技は、今は隠すべきです。医者らしからぬ言葉と誹りを受けようが、かまいません。貴方が失われれば、この世界は滅びるのですから、私は貴方の安全を最優先で提言します」




