(25)癒しの風④
「天上のメレ・アイフェスも、地上のメレ・アイフェスもどちらが欠けては、世界は救えぬ」
ナーヤはクコ茶を飲む。
「その片割れが、遥かな空の上で、エトゥールのせいで命を落としかけたんじゃ。地上など、どうでもいいと思われても致し方なしじゃなあ」
「――」
「叡智の使いがそばにいなければ、即死だったろう」
イーレはぞっとした。
もし、ディム・トゥーラが死んでいたら、カイルはどうなっていただろう。
「ディムは――天上のメレ・アイフェスは、もう地上に関わりたくないのかしら」
イーレの質問にナーヤは大笑いした。
「ナーヤ婆?」
ハーレイはナーヤの反応に眉をひそめる。
「何がそんなにおかしい?」
「いやいや、面白いのう。誰もわかっておらぬ。あれは対だぞ?地上と天上、光と影、表と裏、どちらが欠けても存在せぬ。いわば一心同体、魂の双子みたいなものじゃろうが」
「……それはディム・トゥーラとカイルのこと?」
「それぐらいで揺らぐ絆なら、とっくの昔に切れておるわい」
「――」
イーレは困惑した。
「ナーヤ婆、それではまるでカイルとディム・トゥーラは出会うことがきまっていたみたいじゃない」
「決まっていたさ。お前が、ハーレイと出会ったように、全ての出会いは必然だ。世の中の仕組みがそうなっている」
「いえ、ナーヤ婆、私がいいたいのはそういう概念的なものではなく――」
「そういえば、若長が言っていたな。お前たちには、魂とか生まれ変わりという概念がないと」
「え、ええ」
イーレは認めた。
「ついでに精霊とか世界の番人が理解しがたいわ」
「なぜ理解しがたいのだ?」
ナーヤの問いかけに、イーレは考え込んだ。
「そうね、例えるなら、この茶碗は目の前にあるでしょ?触れることもできるし、視認もできる。これが茶碗という知識がある。存在が確認できるし、理解できるから認知しているのよ。世界の番人達はそうじゃない。私達は彼等を見ることは、できない」
「見ることはできなくても、存在していることは否定せぬだろう?」
「ええ、存在していると思う。まだ確信まで至らないわ。だって理解できないのだもの。最初は肉体を持たない精神生命体かと思ったわ。でも、ちょっと違う。彼等は地上のあらゆるものに干渉できる存在ではなくって?」
「そうだ。だからこそ、干渉はしない」
「……カイルが得体が知れないと言った意味が、よくわかるわ」
「おぬしの世界も、地上に干渉しないではないか。それと何が違う?」
ナーヤの指摘にイーレは虚を衝かれた。
「それは……私達の世界には、法があって……」
「世界には世界の理がある。それは法ではないか?」
「……そう……ね」
「それを守るように促すものを『番人』『精霊』と呼んでいる。ただそれだけじゃ」
「きっと、そこだと思うわ。私達が得体がしれないと思うところは。『精霊』――『世界の番人』に世界の理を教えたものが、さらに存在するのではなくって?」
腰に手をあてて、中央の女性管理官は二人――正しくは一人と一匹――をにらんだ。
「これ以上、私を困らせないでちょうだい。ひどい意趣返しだわ」
「……えっと……癒しをばらまく、とは?」
「我々の部屋まで、癒しが及んでいる」
エド・ロウが天上からの金色の光の散布を指さした。
「画像記録は止めて消去したが、外部の者に目撃されるといささかまずい」
ディム・トゥーラとウールヴェは顔を見合わせた。
「これは……どういう範囲設定だ?」
『わからない。カイルが君を非常に案じているのは確かだが――古狸まで対象になるとは、いささか心が広すぎる』
「君、どさくさに紛れて酷いことを言うね。古狸はお互い様だろう」
「どっちも古狸が気の毒になるレベルの大馬鹿者よ」
スパーンとジェニ・ロウが二人を言葉で叩き切る。
「古狸が対象になるのは、まだ理解できるわ。なぜ私まで癒しの対象になるかってことよ」
意味がわからずに、ディム・トゥーラは上司を見た。エド・ロウが肩をすくめてみせた。
「私より、はるかに大量な光が降り注いでいる」
「……なんでだ?」
『……なんでだろう?』
ディム・トゥーラは、自分の消えていきつつある身体の傷をあらためて見下ろした。
「……貴女にも、傷があるとか?」
「なんですって?」




