(3)魔の森③
街の警護隊は、リルが連れてきた盗賊団に大騒ぎになった。最近、隊商の被害が多く、手配書が出ていた連中だったからだ。
リルが捕まえたというのには無理があるので、通りすがりの凄腕の傭兵が捕縛した、という作り話をでっちあげた。
「とても怖かったですぅ」
腫れた頬を濡れた布で冷やしながら、リルはポロポロと涙を流し訴えた。もちろんウソ泣きだ。正義感の強い人間は子供の涙に弱い、とリルに教えたのは亡くなった父親だった。リルはフル活用した。
警護隊員はリルに同情し、簡単な調書を取るだけにしてくれた。最近、この地方で子供が誘拐される事件が多発しているので気を付けるようにと言われ、短時間で解放される。
子供なのに報奨金を半額も出してくれた。涙の効果らしい。
リルは報奨金を受け取るとすぐに街からひき返した。
――まだいるかな?いてくれるかな?
自分が襲われた現場に戻るとリルは荷馬車をとめた。
魔の森から、あの謎の男が顔を出した。
リルは手をふる。急いで御者台から飛び降り、彼に駆け寄った。
「助けてくれてありがとうね。警護隊に引き渡してきたよ。これ、報酬金。半額でごめんね。でも子供相手に出してくれるのは、珍しいんだよ」
男はリルの言葉を黙ってきいていた。
皮袋を渡すと男は中身を見て、リルに押し返してきた。
「イラナイ」
「え」
予想外の反応にリルは戸惑った。お金をいらないという人間は初めてだった。
「イラナイ。気ヲツケテ帰レ」
男はリルの腫れた頬に気づくと軽く触れた。
「――っ!」
痛みが一瞬で消えた。自分の頬を触れると腫れは完全に引いていた。
精霊使いの魔法だっ!
興奮したリルは、立ち去りそうな男の腕を思わずつかんで引き留めた。男が怪訝そうな表情を浮かべる。
「あ、あたしはリル。おじさんは?」
『――お、おじさん……』
衛星軌道の二人が笑いで悶絶している。
やかましいなぁ、そっちのほうが実年齢上だろうが、とサイラスは、むっとした。
「……サイラス」
「もう日が暮れるから、今日はあたしんちで泊まってよ。簡単なご飯なら作れるよ。ちゃんとお礼したい」
「……」
男はしばし考え込んだ。それから頷いた。彼は盗賊団の武器や鎧とかを素早く荷台に放り込んだ。
「あたしんち、わりと近いよ」
リルは御者台に乗り込むと、にっこり笑った。
街道から外れた道を進むと家が一軒現れた。
「ちょっと待っててね」
リルは慣れた様子で荷馬車から二頭の馬を外すと、馬小屋に繋ぎ、水と飼葉を用意した。
それから家の鍵をあけて、サイラスを手招きする。
サイラスは家の中に入った。家の中は整っていた。炉には鍋がかかっている。
「……家族ハ?」
「いないよー、父ちゃんは2年前に死んだ」
「……リル、何歳?」
「もうすぐ11」
「……」
リルはテーブルの椅子をすすめた。
男が腰をおろすと、朝から煮込んでいたシチューとパンを用意する。
「お貴族様の口にあわないと思うけどさ、どうぞ」
男はしばらくシチューを見つめていたが、おそるおそるスプーンで一口のんだ。
「……美味シイ」
リルはぱっと顔を輝かせた。誰かにシチューの味を褒めてもらうのは久しぶりだ。男の向かいに腰をおろし、自分の分を食べ始める。
それから一番知りたかった質問をした。
「おじさん、どうしてあそこにいたの?」
ガチャンと男はスプーンを取り落とす。
「?」
男はこめかみをおさえ、声をしぼりだす。
「オジサン、ダメ、名前デヨンデ」
「……だめなの?父ちゃんぐらいの年齢かと……」
「ダメ、絶対ダメ」
それから彼は異国の言葉で小さくつぶやいたがリルにはわからなかった。
「笑い転げるなら通信切るよ」
笑い声はぴたりとやんだ。
「えっと……サイラス?」
うんうんと男は頷く。
「サイラスはどこから来たの?」
「遠イトコロ」
「なんで魔の森にいたの?」
「……魔ノ森ッテナニ?」
「魔の森は魔の森だよ。魔獣がいっぱいいる危ないところだよ」
『まずいところに定着したな』
――全くだ。やはり情報収集は必要なようだ。




