(4)療養
2週間の療養期間が設けられたが、それはカイルにとっては拷問に等しかった。
特別遮蔽室に隔離され、病室から出ることは許されない。精神感応能力者用の当然の入院処置だが、外界の思念と完全に遮断されているので、カイルの孤独感は増した。少しの楽しみは端末から自分の持ち帰った成果を確認することだった。
だが、見舞客は多数訪問した。
彼らは、今回の探索での膨大な情報収集をねぎらったあとに必ず決まった言葉をかけてきた。
「――ところで、今回の探索で質問があるのだが」
そこから自分の専門分野に関する質問がでてくる。カイルの見舞いより研究課題の補足が目的であることは明らかだった。
こ、こいつら……。
観測ステーションの選抜スタッフは研究バカの集団であった。――自分も含めて。
質問というNGワードが出たとたん、部屋の隅に控えていた医療担当者のシルビアが、見舞い客の追い出しにかかるというパターンが生まれた。
だが、諦めの悪い研究馬鹿達はあの手この手で情報を集めようとしていた。差入れと称した見舞品の中に通信端末があったり、事故報告書の体裁の論文をよこしたりしたが、全てシルビアが看破し、没収された。
もしかして、これは観測ステーション内の新しい道楽だろうか?
シルビアの手際のよさに感心しつつ、懲りない研究者達の攻防戦をカイルは見守ることにした。
「元気そうで何よりだわ。心的外傷にならないように、精神衛生も手を抜かないようにね」
研究分野の質問をしなかったのは、探索の熟練者で今回オブザーバー役として参加しているイーレで、彼女自身、過去の探索で死亡経験があったため、カイルの精神状態を純粋に心配していた。
イーレは金髪の長い髪を編み上げた子供の姿をしているが、カイルよりはるかに年上だった。
「純粋な見舞いの言葉は新鮮だよ」
「研究馬鹿達に一般常識を期待しちゃだめよ。私の時も散々だったわ」
「イーレは質問しないんだね?」
「私は今回は地上に降りないことを条件に中央の要請を受けただけ。地上に興味はないわ。――プロジェクト初の死亡者の称号は永年つきまとうわよ」
「……嬉しくない情報だなぁ」
「自業自得でしょ」
ばっさりと切りすてたイーレは、カイルに耳打ちした。
「気をつけてね。中央は何か隠しているから」
「え?」
カイルはドキリとした。
問い返す間を与えずに、イーレはにこやかに病室を去っていった。
「シルビア、ディムは?」
カイルは付き添っているシルビアに尋ねた。
「勤務中です」
「そうじゃなくて……」
「まだ怒っていますから、見舞いにはきませんよ」
「……」
シルビアの言葉は正しかった。関係者で唯一、ディム・トゥーラだけは最後まで見舞いにこなかった。
――これは相当怒っているな……。
カイルは深いため息をついた。
療養期間が終了し、病室から解放されると、カイルはすぐにディム・トゥーラの個室に向かった。
「ディム?」
扉の前で声をかけると開いたので、カイルは内心ほっとした。居留守を使われたらへこんでいたところである。
ディム・トゥーラは操作卓に向かい背をむけていた。数分待ったが反応はない。気づいていないわけではない。背中が拒絶している。
音をあげたのはカイルだった。
「……このたびは心配をかけて申し訳ありません」
「……二度としないと誓え。さもなければ、俺はお前の支援追跡は辞退する」
モニターから目を離さないままの死刑宣告である。
支援追跡がなければ、探索跳躍はできない。できないと言うことは、惑星に降り立つ機会がない。
かと言って他者の支援追跡では段違いに力不足なのだ。
これは全力で許しを乞うしかなかった。
「二度としません、……多分」
「多分?」
ぎろりとディム・トゥーラは睨んだ。
「いや、だって、まさか、心拍停止するとは思わないじゃないか。記憶にある限り素体に異常はなかったし、何が原因かわからないよ」
「知るか」
「……僕、切断直後に死んだの?」
「違う。しばらくしてから、痙攣が起こって、いきなりきた。素体の事故とは状況が明らかに違った。しかも蘇生処置をしても意識が戻らないから、現場は大混乱だ」
「タイヘン申シ訳アリマセン」
「シルビアがまだ隠し事があると言っていた」
やはりシルビアにはバレていたが、ディム・トゥーラに密告するとは計算外だった。
だから怒っているのか、とカイルは納得した。
ディム・トゥーラは、辛抱強くカイルの返事を待っていた。
カイルは指を天井にむかってくるくると回し、合図を送った。
ディム・トゥーラは、すぐに部屋の仕様を非公開に変更した。記録はされない。それが重要だった。