(1)魔の森
『サイラス、右から一頭きている』
「了解」
警告通り、右側から黒い影が飛んできた。
サイラス・リーは飛びかかってきた黒豹に似た獣を障壁で弾き飛ばした。獣はそのまま木にぶつかり即死する。
黒豹に似ているが、目が4つあり、尻尾も二股に分かれている。サイラスは獣の死体を走査してデータをディム・トゥーラに転送した。
『……牙と爪に毒がある。結構、猛毒だ。気をつけろ』
「うへっ、コワイコワイ」
『面白いな、どういう進化で目が四つになるんだろう……』
「考察はまた今度で」
『しまった、移動装置から離れる前に、死体を転送してもらえばよかった……』
「カイルより、黒豹もどきが優先なら、移動装置に戻るけど?」
『そのまま、進んでくれ』
「研究馬鹿が研究より大事なものがあるなんてびっくりだよ」
『やかましい』
「街道はこっちであってる?」
『そのまま北で、まもなく出る』
「それにしても効率が悪い。やっぱり武器が欲しいかも」
『城の中に着地するつもりだったからな。武器を持った不審者が現れたら言い訳できないだろう?』
「まあ、ねぇ……カイルには、まだ連絡つかない?」
『……全く反応がない』
「なんかあったのかねぇ。とりあえずエトゥールに向かって、合流するの一択かな」
『すまんな、こんな事態になって』
「地上の方が面白いし、クローン申請してあるから大丈夫。楽しんでいるよ」
『……イーレに毒されてないか?イテ』
多分、イーレに頭をはたかれたな、とサイラスは笑った。
その時、子供の悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえた方に、気配を殺して近づいていく。馬車を囲んで男が五、六人いる。10歳ぐらいの子供が髪の毛を掴まれていた。
『盗賊の類かしらね。サイラス、助けなさい』
イーレが割り込んできた。
『相手は武器をもっているぞ、気をつけろ』
とディムが警告する。
「大丈夫、そのためにいろいろ仕込んでいるよ。試してみたいし」
近づこうとしたサイラスは、ふと足を止めた。
「あれ?でもこれは『影響を与える干渉』にあたるかな?」
『あ――』
『サイラス・リー』
ドスのきいたイーレの声がひびく。
『女子供を見捨てるなら、観測ステーションに戻ったときに無事に過ごせると思うなよ』
観測ステーションのゴッドマザーの命令は絶対だった。
ディム・トゥーラは考え込んだ。
「サイラスの言うことは一理あるんだよな。どこまで許容範囲でどこまでが違法なんだ」
「中央にお伺いをたてれば?」
「……薮をつついて楽しいか?」
「薮も薮、大薮だからね。魑魅魍魎がわんさかでてくるわよ」
「……お伺いはやめておくよ」
「正解。過去の探査レポートでも読んでみれば?」
「――っ!何本あると思ってんだ?!」
「んー五十万本くらい?」
「それを手伝う気は?」
「ないわね」
マイペースのイーレにディムはため息をついた。これでも、それなりに有名な研究者であるはずなのに、彼女の性格は破天荒だった。それでいて外見は、愛らしい子供の姿をしており、世の中の詐欺の代表と言える。
だが、その助言は間違っていない。
探査レポートを洗い出してみるのは、悪くない。例え、気が遠くなる作業だとしても――。
「行動しなければ始まらない……か」
「あら、真面目ね」
「イーレの座右の銘は何?」
「『中央は信用するな』『考えるより行動』『賢人は危うきを見ず』」
「他は?」
「『私は神』」
「……」
全然参考にならなかった。




