(14)エピローグ
カイル・リードは眠り続けている。
脈も呼吸も正常だが、ただ彼は意識を取り戻さなかった。
やはり同調は止めるべきだった、とシルビアは後悔した。ディム・トゥーラの補助がないまま、西の民と同調させ記憶を読ませたことがこんな結果になるとは思わなかったのだ。
シルビア・ラリムはセオディア・メレ・エトゥールとの面会を希望した。専属護衛であるアイリが取り次ぎ、面会は許された。
メレ・エトゥールは専属護衛達も下がらせ、二人きりの場を設けた。
「カイル殿は?」
「眠っています」
「ここまでカイル殿に負担をかけたとは思わなかった。申し訳ないと思っている」
「いえ、私も予想できなかった事態ですので」
「よくあることではないのか?」
「彼は確かに特殊な能力を持っていますが、通常はこのような危険の可能性を排除するため、優秀な補助役がつきます。それが欠けていますので」
「彼も万能ではないということか」
「むしろ情にもろくて、このような事態になっています」
ピリッと皮肉をきかせた言葉にセオディアは苦笑した。
「で、シルビア嬢の本日のご用件は?」
「カイルの絵の件、お手伝いします」
予想外のシルビアの言葉に、セオディアは顔をあげた。書を脇におきメレ・アイフェスである女性を見つめた。
「……禁忌にふれるのでは?」
「毒をくらわば皿までという言葉があります」
「エトゥールは毒か」
セオディアは再び苦笑する。
毒よりタチの悪い麻薬のようだ、とシルビアは思った。カイルを魅了し、どんどんはまらせる。
カイルに戻る気はあるのだろうか。
「深入りすると生命を狙われるからお薦めしない。お気持ちだけで充分だ」
「私達は嘘を見抜けます」
「――」
「貴方は味方を増やしたいのではありませんか?信用できる味方を」
「それは認めよう」
「ご協力しましょう。ただし、情報は開示していただきたいのです。貴方は隠していらっしゃる。ファーレンシア様の能力や貴方自身の力を……」
「そちらはどうなのだ?」
セオディア・メレ・エトゥールは切り返した。
「貴女達は全く違う世界からきている。精霊の御使いでもないなら、貴女達の正体はなんだ?」
シルビアは迷ったが覚悟を決めた。
「可能な範囲でお話しします。メレ・エトゥールとファーレンシア様に限りますが……」
「本当に我々に協力してくれるのか?」
「はい」
セオディア・メレ・エトゥールは立ち上がった。彼は笑った。
「では、大掃除を始めようか」
『移動装置定着確認。異常なし』
地上からのサイラスの報告にディムとクトリは笑い声をあげ、ハイタッチをする。
「本当に通信阻害は消えましたね。サイラスとの通信状態も良好です。カイルとの精神感応はどうですか?」
「寝てるのかな?まあ反応は感じられるから大丈夫だろう。クトリ、怪しい自然現象が発生しないか監視頼む」
「大陸中を網羅してますから、まかせてください」
「……どさくさに紛れて、惑星観測のユニットを増やしたな?」
「気のせいです――というか、手伝っているからこれぐらい恩恵があってもいいですよね?」
「まあな」
「あ、ディムの分の動体生物の追跡ユニットも増やしておきましたけど、使います?」
「使う」
彼らが帰還するまで観測データを収集しても罰は当たるまい。それぐらいの労力は提供したのだから。
『えっと……周辺を探索していいかなぁ?』
「シルビアとカイルはすぐそばにいる。不審者扱いされないように言語インプラントをセットアップしとけよ」
『了解』
モニターを監視しているイーレは静かだった。
「イーレ?」
「……ディム、私は老眼になったのかしらね……」
珍しくイーレが弱気な発言をする。
「実年齢をきくと殴る人が何言ってるんだ」
ディムの軽口に、珍しく彼女のいつもの鉄拳はとんでこなかった。
「……すごく……ズレている気がする……」
「何言ってるんだ。確定座標からズレるわけが――」
ディム・トゥーラは目を疑った。
中央の光点二つはカイルとシルビアだ。確定座標はそのそばだった。
サイラス・リーの光点がない。
「サイラスはどこだ⁈」
イーレが指をさす。
彼女ははるか下をさした。
南に500キロ⁈
確定座標がどうしてずれるんだ⁈ ありえない!
「うん、そんな気はした」
サイラス・リーは観測ステーションの混乱に、呑気に答えた。
「今、深い森の中なんだよねぇ」




