(12)閑話:救済
エトゥールとの会談が終わり、与えられている部屋に戻ったハーレイはすぐに鍵をかけた。
――誰にも邪魔されたくない。
客室に備え付けられている椅子ではなく、床に腰をおろした。胡座を組み、呼吸を整える。
震える手で、羊皮紙を開いた。
先ほど見た絵が幻だったら、どうしたらいいだろうか。
「……ああ」
幻ではない。忘れられない家族の姿がそこにあった。
彼女と子供の容貌も、衣服も正確だった。まるで時間を超えて、当時の二人の姿を切り取って保存したようだった。
これは精霊の魔法か。
細かいところまで描かれている。首飾りは結婚の時に贈ったものだ。耳飾りは、自分が彼女に結婚の申し込みをするために、一人で仕留めた熊の爪を加工したものだ。
その思い出の品さえ、襲撃者に奪われてしまった。
だが、いまやそんなことは、ハーレイにとってどうでもよかった。
ああ、そうだ彼女はいつもこう微笑んでいた。子供を抱き、ハーレイにこの笑顔をむけていた。
なぜこの笑顔を忘れていたのだろうか。
この記憶を遠ざけていたのは自分だ。この十年、憎しみと悲しみと後悔しかなかった。
占者は村を離れるな、と忠告していた。それを軽い気持ちで破り、報いをハーレイは受けた。
その日、エトゥール人の焼き討ちがあった。
――あの時、まにあえば
――あの時、村にいれば
――あの時、共に死ねていたら
時間を巻戻してくれ。それができないなら俺も殺してくれ。
何度、精霊に請い願ったか。
長も占者も、許すことこそ精霊が与えた課題だとハーレイを諭したが、ハーレイにはできなかった。自分の幸せを奪った存在を許せるはずもなかった。己の未熟さを自覚しても憎悪の炎は消えない。
許すとはなんだ?なぜ許さなくてはいけないんだ?
痛みと苦しみを知らないものは、平気で口にする。許せと。
気高い行為だ、徳をつむためだ、精霊が望んでいる。あらゆる口実で説得しようとし、ハーレイを傷つけた。
許せないものは許せない。
許せない自分は精霊との対話もままならなくなり、やがて孤独に死んで行くだろう。
それでいいと思っていた。昨日までは。
カイルは許す必要はないと言った。
憎悪しか持てなかったハーレイが、その言葉でなぜか逆に全てを許されたような気がした。
解放されたかのように多くの記憶が甦り、焼き討ちされた時の凄惨な光景を薄くしていく。
欲しい記憶はずっとそばにあったのだ。
絵を見ると、彼女が目の前に立っている錯覚すら覚える。
「やっと……出会えたな……」
涙が止まらない。憎んでいたエトゥールの賢者はハーレイに救いをもたらした。精霊の御許にいる彼女の声が聞こえた。
――おかえりなさい、あなた
愛していた者が伝えたかった言葉をハーレイは確かに受け取った。




