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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第3章 精霊の知恵者
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(12)閑話:救済

 エトゥールとの会談が終わり、与えられている部屋に戻ったハーレイはすぐに(かぎ)をかけた。


――誰にも邪魔されたくない。


 客室に備え付けられている椅子(いす)ではなく、床に腰をおろした。胡座(あぐら)を組み、呼吸を整える。

 震える手で、羊皮紙を開いた。

 先ほど見た絵が(まぼろし)だったら、どうしたらいいだろうか。


「……ああ」


 (まぼろし)ではない。忘れられない家族の姿がそこにあった。


 彼女と子供の容貌(ようぼう)も、衣服も正確だった。まるで時間を超えて、当時の二人の姿を切り取って保存したようだった。


 これは精霊の魔法か。


 細かいところまで描かれている。首飾りは結婚の時に贈ったものだ。耳飾りは、自分が彼女に結婚の申し込みをするために、一人で仕留めた熊の爪を加工したものだ。

 その思い出の品さえ、襲撃者に奪われてしまった。

 だが、いまやそんなことは、ハーレイにとってどうでもよかった。


 

 ああ、そうだ彼女はいつもこう微笑んでいた。子供を抱き、ハーレイにこの笑顔をむけていた。

 なぜこの笑顔を忘れていたのだろうか。


 この記憶を遠ざけていたのは自分だ。この十年、憎しみと悲しみと後悔しかなかった。

 占者(せんじゃ)は村を離れるな、と忠告していた。それを軽い気持ちで破り、報いをハーレイは受けた。


 その日、エトゥール人の焼き討ちがあった。



――あの時、まにあえば

――あの時、村にいれば

――あの時、共に死ねていたら



 時間を巻戻(まきもど)してくれ。それができないなら俺も殺してくれ。

 何度、精霊に請い願ったか。


 (おさ)占者(せんじゃ)も、許すことこそ精霊が与えた課題だとハーレイを諭したが、ハーレイにはできなかった。自分の幸せを奪った存在を許せるはずもなかった。己の未熟さを自覚しても憎悪の炎は消えない。


 許すとはなんだ?なぜ許さなくてはいけないんだ?


 痛みと苦しみを知らないものは、平気で口にする。許せと。

 気高い行為だ、徳をつむためだ、精霊が望んでいる。あらゆる口実で説得しようとし、ハーレイを傷つけた。


 許せないものは許せない。


 許せない自分は精霊との対話もままならなくなり、やがて孤独に死んで行くだろう。

 それでいいと思っていた。昨日までは。



 カイルは許す必要はないと言った。

 憎悪しか持てなかったハーレイが、その言葉でなぜか逆に全てを許されたような気がした。



 解放されたかのように多くの記憶が甦り、焼き討ちされた時の凄惨(せいさん)な光景を薄くしていく。

 欲しい記憶はずっとそばにあったのだ。

 絵を見ると、彼女が目の前に立っている錯覚すら覚える。


「やっと……出会えたな……」


 涙が止まらない。憎んでいたエトゥールの賢者はハーレイに救いをもたらした。精霊の御許(みもと)にいる彼女の声が聞こえた。


――おかえりなさい、あなた


 愛していた者が伝えたかった言葉をハーレイは確かに受け取った。

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