(11)和議の鍵②
セオディアはシルビアを見た。
「貴女も可能なのか?」
「カイル個人の能力です。私にはできません」
「シルビア嬢は反対のようだ」
「当たり前でしょう。その証拠が真実であることをどう周囲に証明するのです?」
「証明する必要はない。我々が敵を知ることが必要なのだ」
「正論ですが、真実が周囲に漏れれば矢面に立つのはカイルです」
「その矢を射てくる人物を捕らえたい」
「――」
「僕もその案に賛成だな」
「カイル!」
「考えてみてよ、シルビア。西の民を陥れた人物はエトゥールの内情に詳しい。あのままハーレイ達が命をおとしていれば、故郷の西の民はどうしていたと思う?」
ハーレイがその言葉を継いだ。
「我々の氏族は最後の一人まで闘う。復讐が果たされるまで」
「エトゥールの王族は根絶やしだろうな」と、どこか他人事のようにセオディアは言う。
「僕ならその犯人達の手がかりを得られると思う」
「……これは明らかに影響を与える案件ですよ?」
「エトゥールと西の民の争いは止められるかもしれない」
「自分の自由と引き換えに?」
「聖堂の時に覚悟はできているよ」
はあ、っとシルビアが大きなため息をついた。
「ファーレンシア、またインクと羊皮紙が大量に欲しい」
「……はい」
カイルが記憶を読むことにハーレイはあっさりと同意した。
「記憶を読んだものが正しいか私はわかるし、やましいことは何もない」
「心に踏み入る行為だけど?」
「我々の世界にも占者と言って、似たようなことができる者がいる。かまわない」
「わかった。ただ、その前にいくつか質問があるのだけど」
カイルは姿勢を正して西の民の男を見た。
「ハーレイ」
「なんだ?」
「牢の中であなたはエトゥールへの憎悪の塊だった。今回の事件のせいかと思ったけど、違う気がする。あなたの憎悪の源は何だろうか?」
「――」
長い沈黙があった。声を絞り出すようにハーレイは答えた。
「……10年前……妻と子供をエトゥール人に殺された」
皆が息を飲む。
「長が選んだ和議の選択に、エトゥールを憎むあなたは従うことができるのかな?」
「長の決定は絶対だ。それが個人的に不本意なものでも」
「あなたの憎しみの対象はエトゥール人全員なの?子供も老人も含めて」
「……そんなことはない」
ハーレイはうめいた。カイルは痛いところを突いてくる。
「俺もわかっている。今、ここにいるエトゥール人は無関係だと。だがあの時、村を焼き女子供まで虐殺したエトゥール人は許すことはできないっ!!」
「許さなくていいよ」
カイルの言葉にハーレイは虚をつかれた。
「あなたの怒りと悲しみは正当なものだ」
ハーレイはやや呆然とカイルを見た。肯定されるとは思ってなかったのだ。
カイルはセオディアを見た。
「セオディア・メレ・エトゥール」
「なんだろうか?」
「あなたは頭がいいから薄々、敵の正体に気づいているのではないかな?」
「――」
セオディアは肯定も否定もしなかった。
「僕が描く絵は、あなたの逃げ道を完全に遮断する。それでも西の民との和議を望む?」
「望む」
エトゥールの領主に迷いはなかった。
「エトゥールの平穏が何よりの望みだ」
「そのエトゥールの平穏に、西の民の平穏も視野に入れられないだろうか?」
「なんだって?」
「エトゥールにある西の民への偏見を消すように働きかけてほしい。時間がかかろうとも」
「……約束しよう」
カイルはハーレイに右手を差し出した。
「手を乗せて」
ハーレイはためらいつつ右手をのせた。
「別に緊張しなくてもいいよ。ただ呼吸を整えてくれると読みやすいから助かる」
十分ほどたち、カイルはハーレイの手を解放すると絵を描き始めた。
あの時もこんな感じだったとファーレンシアは思った。
彼女は邪魔をしないように、灯りを用意した。時間は刻々とすぎていき、すでに真夜中に近い。だが誰もがカイルの手から目を離せないでいた。
彼の目の前にはすでに60枚あまりの羊皮紙が積み上げられていた。
「――これが全てだ」
カイルが顔をあげた。
セオディアは絵を受けとると、1枚1枚確認して分別していく。彼は抜きとった束をファーレンシアに渡した。
ファーレンシアは絵をめくっていて息を飲んだ。
「カイル様は知らないはずですわ。面識はないはずです」
「私もそう思う。よくかけている」
ファーレンシアは絵を専属護衛達にまわした。ここにいる全員が証人なのだ。
「協力に感謝する。今回の件の関係者はこちらで間違いなく処断する」
ハーレイは自分が見た光景を忠実に再現した絵を不思議そうに眺めていったが、1枚の絵で彼の手は止まった。
「……もし、許されるならば、これをいただけないだろうか」
意外な申し出にセオディアは答えた。
「そちらの束は今回の件とは無関係なものだ。カイル殿がよければこちらは構わない」
「僕も問題はない」
ハーレイはカイルを見た。
「カイル……いや、メレ・アイフェスよ。貴方の力は聖なるもので尊い。紛れもなく本物だ」
男の目から涙が溢れた。
「この絵は亡くなった妻と子だ」




