(10)和議の鍵①
それから一週間が過ぎた頃、カイルとシルビアはメレ・エトゥールから呼び出しを受けた。
案内された執務室の隣の談話室にいたのは、セオディア・メレ・エトゥール、ファーレンシア、彼等の専属護衛達と見覚えのある西の民――ハーレイだった。
まだ頬はこけていたが、出会った時に比べればはるかに健康的だったのでカイルは、ほっとした。無精髭が剃られ、独特の民族衣装に身をつつんだ精悍な顔立ちの彼は、牢で出会った時とは違った印象をカイルに与えた。
「こちらは西の民の名代ハーレイ殿だ。カイル殿は面識があったはずだ」
セオディアの紹介にカイルは頷く。
「元気そうだな」と再会した西の民の男が言った。
カイルはぽかんと口をあけた。ハーレイはアクセントが独特だがエトゥールの言葉を喋っていた。
「しゃべれるの⁈」
ハーレイは頷く。
「牢の中ではエトゥールの言葉なんて一言も――」
「敵か味方か判断のつかない相手に手の内はさらさない」
「信用されてなかったのかあ」
がっくりとカイルは項垂れた。
「いや、信用したからこそ同席を依頼した。信頼できるのは、ここではカイルだけだ」
言われた方が照れるセリフをハーレイは口にした。事実カイルは赤面した。
セオディアが問いかける。
「何を持ってカイル殿をそこまで信頼するのか伺いたい」
「長と仲間を治療してもらった。あれがなければ皆、今頃精霊の源に戻っていた。生命の恩人だ。しかも彼は、こちらと救出隊の衝突を身をもって止めた」
シルビアはカイルに冷たい視線を向けた。
「………………ずいぶん報告を、はしょっていましたね」
あの時の暗殺者より、今は真横にいるシルビアの方が怖い。
「これもお返ししよう」
ハーレイは小さな金属球を卓の上に置いた。カイルが手を伸ばすより先にシルビアが回収した。シルビアの視線の温度がさらに一度下がった。
興味深そうにセオディアが見る。
「それは何だ?」
「我々が使う灯です。夜の移動時に使ったりする日常道具です」
意外なことにシルビアは浮遊灯のスイッチをいれ実演してみせた。灯をともし、空中を浮遊させすぐに回収した。
「便利だな」
「この国にはないものです。他言無用でお願いします」
「ならばなぜそれを明かす?」
シルビアは冷静な青い瞳で周囲を見渡した。
「今、ここにいらっしゃる皆様は疑心暗鬼の渦の中です。灯ひとつの道具でいらぬ誤解を生むのはよろしくないかと思います」
「誤解?」
カイルが怪訝そうな顔をした。
「……当の本人がこれですが」
「……うん、まあ、そうだな。シルビア嬢の苦労は御察しする」
セオディア・メレ・エトゥールが幾分同情めいた視線を投げる。
「どういうこと?」
「カイル、エトゥールと西の民は対立しているのですよね」
「そうだと思う」
「あなたは西の民と交流がある。しかも信頼されています。内通の疑いを招くには充分ですよ。怪しげな道具をやりとりすれば、弁明ができないでしょう」
「さすがシルビア嬢は正確に状況を把握されている」
「僕が内通して、何をするわけ?」
「……」
「……」
笑いだしたのはハーレイだった。
「カイルほど間者や陰謀が合わない人物はいないな。何せ自分の襲撃者を殺すな、と言うくらいだから」
ああ、あの時の思念はちゃんと伝わっていたのか。カイルは納得した。もっとも思念が伝わってなければ、彼に撲殺されていたのだが。
「そこを詳しく聞きたい」
セオディアは簡単に状況を説明した。西の民の監禁も自作自演を疑う者がいる。異国のメレ・アイフェスが西の民を手引きしたと主張する者までいたらしい。
「僕が手引き?ハーレイを?」
「そもそも西の民が敵の止めをささないのがおかしい、と」
「ごめん、それは僕のせい」
カイルは素直に認めた。
「本当に西の民を止めたのか……」
メレ・エトゥールがやや呆れたようにつぶやいた。
「止めた。ハーレイは相手を気絶させてくれた」
「なぜ?」
「無駄な血は流したくなかったし、相手を殺したら手がかりがなくなる」
「そこへ私が駆けつけたわけですね」
ファーレンシアが状況を補完する。
「そう、あの時の犯人を尋問すれば?」
「あの男は翌日牢の中で死んでいた」
「――それはエトゥールが口封じに殺したと解釈されない?」
「事実、西の民から同様の指摘を受けている」
西の民のハーレイ達はエトゥールの使者の案内で襲われたという。使者は正式な親書をもっていたとハーレイは主張している。
だがセオディア・メレ・エトゥールはそのような命を出していない。
そこから話は平行線らしい。
「親書には国璽が使われるのでは?」
「使われる。カイル殿が読んだ親書の控えに西国宛はあったか?」
「なかった」
「だが、あれは間違いなく本物だった。だからこそ長は和議のために出向いた」
ハーレイが強く主張した。
カイルにはハーレイが嘘を言ってないことはすぐにわかった。ついでに言えばセオディアも嘘は言ってない。
「国璽の偽造は?」
「不可能だ」
「ハーレイ、親書は?」
「襲われた時に奪われた」
用意周到な犯人だ。不和の種だけは確実に蒔いている。
「セオディア・メレ・エトゥール。貴方が即位してから何年たつ?」
「八年だ」
「その間に西国に親書は?」
「親書ではなく、外交文書の段階だ。先代からの不和は根深い」
思ったより両者の溝は深かった。
まずは、ハーレイの言葉が真実であることを証明する必要がある。しかも黒幕達の裏をかいて。
カイルは手をあげた。
「僕が彼の記憶を読んで絵を描くのはどうだろう?」
シルビアに思いっきり足を踏まれた。




