(8)釣餌
専属護衛になった二人は優秀だった。
エトゥール独自の習慣を細かく新しい主人に伝授し、街の散策にも嫌な顔せずに同行してくれた。また、彼等の護衛能力は文句のないものだった。
一度など街でシルビアの財布を狙った窃盗犯の腕をアイリがつかみ、瞬時に地面に組み伏せた。
「……見事だ」
「……神技ですね」
カイル達は目の前で展開したあざやかな捕縛劇に感心した。
時間があればアイリはシルビアを魅了する焼き菓子をつくり、ミナリオは手にいれた古書を本当に持ってきてくれた。
ファーレンシアをまじえて談話室や中庭でお茶をしながら、アイリの新作菓子を食べるというのが、シルビアの行動ルーチンになりつつあった。
――シルビアへの袖の下はアイリの菓子、とカイルは記憶に刻んだ。
「カイル様、ご相談があるのですが……」
「なんだろう?」
「実は城の蔵書と、未読の書の判別に手をやいてまして……」
古書の手配より、蔵書との重複かを確認する方に、時間を費やしている現状をミナリオに相談されたカイルは即解決案を提示した。
「蔵書目録を作ろうか?」
「それがあれば大変助かります」
カイルはいきなりそばにあった羊皮紙にすさまじい勢いで書き出した。ミナリオはあっけにとられた。
「……カイル様、何を?」
「ん?蔵書の題名と作者の目録」
「……まさか全て記憶しているのですか?」
「しているよ」
「――」
カイルは羊皮紙に蔵書の表題の全てを書き出した。話をききつけてセオディア・メレ・エトゥールがそれを見にきた。
「……なるほど」
セオディアは目録の中身を確認してカイルに告げた。
「カイル殿、執務室に絶対に読んだことのない持ち出し禁止の書があるんだが明日にでもいかがかな」
カイルは釣られた。
翌日セオディア・メレ・エトゥールの執務室を訪れると、カイルに与えられたのは恐ろしい高さに山積みされた羊皮紙の二山だった。
「……何これ」
「カイル殿が絶対に読んだことのない書だ」
セオディアはきっぱりと言った。
「そちらの控えと齟齬がないか確認しつつ、好きなだけ読んで構わない」
「……」
詐欺だっ! これは別名書類整理と言わないかっ⁈
確かに彼は「古書」と言わずに「書」と言った。詐欺師に完敗である。
だが、やり始めるとこれがなかなか面白いことにカイルは気づいた。
地方の特色やセオディアがどのような領地の治め方をしているかがよくわかる。親書や税制改革の命令書もあった。
カイルは法律・通達・命令・許可の羊皮紙の束を整理して、間違えている写しや控えのないものを抜き出していった。
陳情に対する返答や地方援助の書もあった。
「メレ・エトゥールは南の地方贔屓なんだね」
「そう思うか?」
「ずいぶん南の地方に援助している」
「そうか、気をつけよう」
セオディア・メレ・エトゥールは机で仕事を続けている。
たまにカイルに質問を投げてくる。
「西北のカーナの街の税率はいくらだったかな」
「25%だ」
「南のサリテンは?」
「14%」
「そうか」
外部記憶装置扱いされているっ! しかも検索機能付きでっ!
まあ、面白いからいいか、とカイルは羊皮紙の束を読み漁った。
午前中はそれで時間がつぶれたが、午後の休憩時間になるとセオディアは部屋付きの侍女にお茶の用意をさせ、一冊の古書をカイルの目の前に出した。
「……本当に古書があったんだ……」
「持ち出し禁止の類なのでここで読むことが条件だ」
「……読みたければ、ここに来いと?」
「そういうことになる」
執務室にくれば、書類整理と外部記憶装置扱いが目に浮かぶ。古書への欲求とセオディアの謀略への抵抗がカイルの脳裏で綱引きをしていた。
「執務室の蔵書はまだまだある」
ぷちっと綱引きは古書への欲求が勝利した。カイルは了承の印に書籍を受け取った。
「餌は小出しがいい」
「はい⁈」
「もちろん、ウールヴェの餌付けの話だ」
セオディアは涼しい顔でお茶を飲んでいる。
絶対に嘘だっ!
部屋に控えているセオディアの専属護衛と、ミナリオが肩を震わせていた。
全く同じ手法で、観測ステーションのディム・トゥーラが協力者をこきつかっていた事実を知り、カイルが複雑な気分に陥るのはまだ先の話である。




