(7)専属護衛
翌日の午後、談話室でシルビアとカイルは待つように言われた。
待っている間、暇をもてあまし、シルビアはウールヴェにせっせとお菓子を与えていた。意外にこの小さな毛玉生物は大食だった。
ビスケットをポリポリと噛み砕いていく。シルビアは実験的に様々なものを与え、この動物に好き嫌いはない、という結論に達した。
ウールヴェも個性があるようで、カイルのウールヴェはよく寝るタイプだった。今も肩の上で惰眠をむさぼっていた。
「……使役できるように見えないなあ」
「どのくらい成長するか謎ですね」
しばらくすると30代の男女を連れてファーレンシアが部屋に入ってきた。
「ご紹介します。ミナリオとアイリです。兄が推薦した専任護衛候補です」
男性の方は昨日の街に護衛として同行していたことに、カイルはすぐに気づいた。
二人は深く一礼をした。彼等は近衛隊の制服ではなく、カイル達と同じ長衣に帯剣していた。
目立たないための配慮かもしれない。
「ミナリオと申します」
穏やかそうな男だった。身長はカイルと変わらないが、近衛兵らしく体格はがっしりとしていた。
「アイリと申します」
小柄の女性は侍女と言われても違和感のない地味さがあった。二人ともエトゥール人に多い赤い髪だった。
二人は正面に腰をおろした。案内してきたファーレンシアはカイル達の方に座る。
登用の面接というわけだ。
「なんでも彼等に尋ねてください」
シルビアはファーレンシアの言葉に頷いた。
「どんな経緯でセオディア・メレ・エトゥールから声がかかったのか聞いてもよろしいですか?」
シルビアが質問を投げる。
代表して答えたのはミナリオだった。
「以前から異国からのメレ・アイフェスに専任で護衛をつけると噂がありました。具体的に話が進んだのは西の民の事件の翌日でしょうか。近衛隊内部で希望者を募り、後日メレ・エトゥールが自ら候補者を絞りました」
「と、いうことは、お二方とも希望されたのですか?」
二人は頷いた。
「要人の専任護衛は名誉ある職ですから。責任は軽くはありません。メレ・アイフェスに何かあればエトゥールの評判にもかかわりますので」
賢者を守護できなかった国とレッテルが貼られるみたいなものか。カイルの想像以上に面倒臭い事態になっていた。
――――自覚した方がいい。
セオディア・メレ・エトゥールの警告は正しい。
「異国出身の私達につくことは、よろしいのですか?考え方とか差異がかなりありますよ?」
「それについてもメレ・エトゥールから説明がありました。メレ・アイフェスは血を好まれないので、殺傷を控えて襲撃者を撃退できる腕が必要であると」
カイルは慌てて訂正をいれた。
「君達を犠牲にしてまで回避したいと我々も望んでいるわけではないけど」
「わかっております」
にこりとミナリオは頷く。
「あと、こちらの風習等に疎い旨も伺っております。それを補完する付き人と思っていただいても結構です」
「アイリの腕は私が保証します。私の近衛でしたから。ついでに彼女はお菓子作りの腕も職人級です」
「あら、素敵です」
「シルビア様はアイリで異存はありませんか?」
「はい」
シルビアが甘味で陥落したっ!セオディア・メレ・エトゥールは絶対にそこまで計算しているっ!
「カイル様はいかがですか?」
カイルは迷っていた。セオディアの思惑通りに事がすすむことに抵抗を覚えた。この間からやられっぱなしが悔しいという本音もある。
「あなたはセオディア・メレ・エトゥールの近衛隊?」
「はい」
「メレ・エトゥールが、あえてあなたを推薦した理由はなんだろう?」
「実は今回推薦されたことに同じことをメレ・エトゥールに尋ねました。お答えは、腕がたつ、他民族に偏見をもたない、メレ・アイフェスに好意的であることに加え……」
「加えて?」
「私の胃腸が隊の中で一番丈夫だからと」
はい?
「カイル様が引き起こすことは、繊細な者では精神がもたず、身体を壊すことが予想されるので、図太い私を推薦したそうです」
「……それ本人に明かしていいの?」
「むしろ伝えることを推奨されました」
「――」
女性全員が手で口を抑え肩をふるわせている。
「もしそれでもカイル様が了承しなかったら奥の手を使えと」
「奥の手?」
「私の実家が商いをやっていますからお望みの古書を手に入れることができます」
「――」
カイルの「勝てない相手リスト」の第二位にセオディア・メレ・エトゥールがランクインした。