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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第3章 精霊の知恵者
29/1015

(6)街④

 セオディアは護衛とファーレンシアを残し、城に戻った。多忙な領主がここまでつきあったのが異例なのかもしれない。


 ファーレンシアは、引き続き、街の他の場所を案内してくれた。


 街を見渡せる高台は素晴らしい見晴らしだった。城壁の外には、のどかな田園風景が広がっていた。宇宙での生活が多いカイル達には、強く()かれる光景だった。


 城に出入が許されている職人の店は、市と趣きが全く違い興味深かった。意匠が凝っており、明らかに貴族向けだった。ファーレンシアは気を利かせて、肖像画用の絵の具を取り扱っている店を教えてくれた。カイルが喜んだのは言うまでもない。

 カイルが驚いたのは、都市の基盤施設(インフラ)として上水道と下水道が存在したことだった。街のいたるところに公共の水汲み場があり、動物を象った石の彫刻から水がこんこんと流れ出していた。

 つまり水に不自由していない豊かな国ということになる。


「意外に清潔ですね」


 シルビアも小声で感想をささやく。


「正直、僕も衛生管理がここまですすんでいるとは思わなかったなあ。ただ違和感がある」

「違和感?」

上下水道(インフラ)の技術文献は城の書物には存在しなかった。この街だけ発展しているような印象もある」

「そういえば医学の進歩も妙でした。彼等は手術や縫合術(ほうごうじゅつ)を知らない。これほど街の衛生概念があるならもう少し医学が発展していてもいいはずですが」

「それにファーレンシアのような能力者は見当たらなかった。やはりあの兄妹が稀有(けう)な例なんだろうか?」

「『精霊の加護』ですか?」

「能力を持つものを『精霊の加護』と称するなら、民衆にもいるかと思ったんだが、探知できなかったよ」

「王族特有の能力ですか?遺伝的なものですかね?」

「支配階級が持つ加護かと思ったが違うようだ。貴族の風体(ふうてい)をしている者も非能力者(ノーマル)だったし」

「よく見ていますね」

「観察と探知は得意だよ」

「まあ、この時代で精神能力が発達している方が異常です」

「確かに。ディムも同じことを言っていた」


 護衛と何事か話しいるファーレンシアをちらりと見る。


「カイル様、シルビア様」


 ファーレンシアは戻ってきた。


「兄がお二人に専属の護衛をつけるように申しておりました」


 カイルとシルビアは顔を見合わせた。


「僕たちに護衛はいらないと思うけど?」

「自由に街に降りるためには必要ですわよ」


 うっ、と詰まる。つまりは今後街に行きたければ、専属の護衛を承諾しろということだ。


「……これは外堀を埋められましたねぇ」

「……まったくだ」


 本当にあの若い領主は食えない。


「僕たちに人を()いていいのかな?」

「もともと今日の護衛達はカイル様たちの専属候補です」


 初耳である。


「多数の専属希望者から兄が候補を絞りました。腕と性格は保証いたしますよ」

「私はできれば女性の方がいいのですけれども」


 あっさりとシルビアが希望を述べた。


(うけたまわ)りました」

「……シルビア」

「街に自由に出入りできるのは魅力的ではありませんか?」

「そうだけど……」

「まだまだ新しい発見がありそうです」

「甘味とか?」

「……そんなことありませんよ」


 やや、返答に間があった。

 観測ステーションでは、甘味や贅沢品の入手は定期的であり、数量も制限されていた。そういう意味では、手軽に調達できる街は魅力あふれる場所だった。


「シルビアがそんなに甘い物好きだとは知らなかった」

「ですから、そんなことありません、って」


 二人のやりとりにファーレンシアは笑う。


「カイル様にご希望は?」


 カイルは考え込んだ。専属の護衛は身近な付き合いになるのかもしれない。神経質な人間は回避したい。


「僕に振り回されても平気な忍耐強い心の広い人がいいなぁ」

「……」

「……」

「貴方はディム・トゥーラを振り回している自覚はあったのですね」

「なんのことだろう」


 カイルはとぼけた。

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