(5)街③
「カイル、面白いものがあります」
シルビアがセオディアとともに露天商で足を止めていた。
先程の追求が収まっている様子にカイルはほっとした。このまま忘れてくれることを祈るばかりだ。
地面に置かれた木箱に純白の小さな毛糸玉が敷き詰められていた。玉巻きされた服飾の工芸素材かと思ったら、違った。
露天商が売っていたのは、手のひらに乗るくらいの小さな生物だった。毛玉のように見えたが、耳も目も鼻も口もある四つ足だった。
店主の肩にも見本のためか、一匹がしがみつくように乗っている。動物研究者であるディム・トゥーラが歓喜しそうなネタだった。
「子猫?」
「いえ、子犬に近いのでは?」
「いや、もしかしたら栗鼠の子供かも」
「別に尻尾は齧歯類っぽくありませんが」
「ウールヴェの幼体だ。珍しいものではない。市には必ずある代物だ」
「ウールヴェ?」
愛玩動物のようなものか、とカイルは推測した。
「肉はかなり美味い」
「「食べるの⁉︎」」
驚愕の二人の反応にセオディアは少し笑った。
「野生のウールヴェは、な。こちらは幼体から育てて使役する。主人との絆ができれば、なかなか利口で言うことをきく。私も昔は飼っていた」
セオディアは何かを思いついたようだった。
「滞在中、飼ってみてはいかがかな?」
「え?」
「飼育は難しくない。絆を結べるかは成り行きだが、そう悪い結果にはならないだろう」
「食べるものは?」
「人が食べるものならなんでも」
返事をする前にセオディアは店主と交渉を始めた。金貨が数枚、店主に渡された。かなりの高額ではないのだろうか?とすると、貴族が常日頃から使役する生物かもしれない。
いったいどう使役するのだろうか。
「ファーレンシアも選ぶといい」
「え?私もですか?」
「どうした、昔は欲しいと大泣きしたではないか」
「お兄様!」
兄の暴露にファーレンシアは顔を真っ赤になった。彼女は、その場に腰を落とした。
木箱の中に、うごめく毛玉の集団に手をのばす。
「こうして手を伸ばすと相性のいい子が勝手に手にのります。別に噛みませんから試してみてください」
すぐにファーレンシアの手に小さな毛玉が乗った。
シルビアも真似てみた。
「まあ」
彼女もすぐに選ばれた。キィキィ鳴きながら彼女の腕を白い毛玉が必死に登ろうとしていた。
「かわいいですよ、カイル」
「カイル様もどうぞ」
「うん――うわっっ!」
カイルが差し出した手に、白い毛玉が一斉に群がった。
「な、何?これは、何?」
「――」
カイルは手先から腕まで大量の毛玉にまみれた。
「……」
「……」
「……」
「……この場合はどうしたら?」
カイルは異様な光景に冷や汗をかきながら、セオディアの助言を求めた。
セオディアがその光景に大爆笑した。
「まあ、予想通りというか、好きなのを選べばいい。なんだったら手に触れている全部でもいいが」
「いやいやいやいや」
カイルは肩まで登ってきた一匹をつまみあげた。
「この子にする」
なかなか根性がある。ふと悪戯心が湧いた。
「よし、名前はトゥーラにしよう」
「……彼が知ったら激怒しますよ?」
「ばれないばれない」
主人が決まったことを理解しているのか、白い毛玉はすぐにカイルの首元の外套の隙間にもぐりこんだ。




