(4)街②
セオディアの先導で市から少しだけ離れた路地にたどりついたとき、ファーレンシアはすごい剣幕で兄に抗議した。
「お兄様! なんてことをするんです! フードを被れと命じたのはお兄様ではありませんか! いったい、どういうおつもりですか!」
「少し試してみたかっただけだ」
セオディアは楽しそうに笑いをもらした。
「見事なほど、メレ・アイフェスの噂が浸透している」
「お兄様!」
「ファーレンシア」
息を整えたカイルは少女に問いかけた。
「メレ・アイフェスってどういう意味?翻訳できないんだが、確か君が近衛隊を止めた時や聖堂で、きいた記憶がある」
「それは――」
少しファーレンシアの目が泳ぐ。
「導く者とか、導師とかだな。初代エトゥール王を支えた賢者達を指すこともある。今、エトゥールには異国のメレ・アイフェスが二名ほど滞在中で、隣国の謀略を見破り、勝利をもたらし、死にゆくものを英知で救ったという噂でもちきりだ」
カイルとシルビアは知らない噂に唖然とした。
「だから自覚がないのは困りものだと言ってるのだ。先日の暗殺者の件は人違いでもなく、カイル殿を狙ったものだ。ご自分というものを過小評価しすぎではないか?」
「いや、でも……」
「待ってください、カイル」
シルビアが会話を遮った。
「今、『暗殺者』という物騒な単語は私の翻訳ミスですか?」
ヤバい。カイルは焦った。
「いや、あっている。シルビア嬢の学習の進度は素晴らしい」
「お兄様、そう言ってるそばから護衛を置きざりにするとは何事ですか」
ファーレンシアがいい点をついたが、それは藪蛇になった。
「カイル殿なら大丈夫だろう。何せ剣の刃を砕いたそうだから」
「刃を……砕く……?」
――この男はシルビアの前でわざと話題を出している!
カイルはがしっとセオディアの腕をつかみ、小声で言った。
「僕が悪かった。頼む、黙ってくれ」
「おや」
セオディアは面白そうな顔をした。
「シルビア嬢には聞かれると困ると」
「困る」
「口止め料はそれなりにするが?」
カイルは第一印象を修正した。若き領主は頭がいいのではない。頭がいいに加えて狡猾なのだ。
「……僕に何かさせたいわけ?」
「話が早くて助かる」
セオディアはカイルにだけ囁いた。
「西の民が、カイル殿の同席を条件として和議の場への出席を了承した。これにつきあっていただきたい」
「え?」
そこへ息を切らした護衛達がセオディア達に合流したため、話はそれ以上することはなかった。
ほとぼりが冷めてから、四人は再び市に戻った。
シルビアはセオディアに先程の質問を続けようとしていた。
「セオディア・メレ・エトゥール、先程のカイルが――」
「シルビア嬢、甘味に興味があるそうだな?」
「え?」
「あちらの露店の菓子は絶品で大人気だ。いかがかな?」
彼は完璧なエスコートとともに彼女の興味がありそうな露店を案内し煙にまいていた。ファーレンシアとシルビアの甘味談義を聴いていたのだろうか?要点を押さえすぎている情報収集能力だった。
後ろからファーレンシアとともにそれを見ていたカイルは思わず感想を述べた。
「……君の兄上は、曲者だなあ」
「策士で腹黒ですわよ。油断なさらないでくださいませ」
意外にも妹の評価の方が酷かった。
「でも」
少女はセオディアの背中を見つめて言った。
「兄が久しぶりに楽しんでいる姿を見た気がします」




