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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第3章 精霊の知恵者
27/1015

(4)街②

 セオディアの先導で(いち)から少しだけ離れた路地(ろじ)にたどりついたとき、ファーレンシアはすごい剣幕で兄に抗議した。


「お兄様! なんてことをするんです! フードを(かぶ)れと命じたのはお兄様ではありませんか! いったい、どういうおつもりですか!」

「少し試してみたかっただけだ」


 セオディアは楽しそうに笑いをもらした。


「見事なほど、メレ・アイフェスの(うわさ)が浸透している」

「お兄様!」

「ファーレンシア」


 息を整えたカイルは少女に問いかけた。


「メレ・アイフェスってどういう意味?翻訳(ほんやく)できないんだが、確か君が近衛隊(このえたい)を止めた時や聖堂(せいどう)で、きいた記憶がある」

「それは――」


 少しファーレンシアの目が泳ぐ。


(みちび)く者とか、導師(どうし)とかだな。初代エトゥール王を支えた賢者達を指すこともある。今、エトゥールには異国のメレ・アイフェスが二名ほど滞在中で、隣国の謀略(ぼうりゃく)を見破り、勝利をもたらし、死にゆくものを英知で救ったという噂でもちきりだ」


 カイルとシルビアは知らない噂に唖然とした。


「だから自覚がないのは困りものだと言ってるのだ。先日の暗殺者の件は人違いでもなく、カイル殿を狙ったものだ。ご自分というものを過小評価しすぎではないか?」

「いや、でも……」

「待ってください、カイル」


 シルビアが会話を遮った。


「今、『暗殺者』という物騒(ぶっそう)な単語は私の翻訳ミスですか?」


 ヤバい。カイルは焦った。


「いや、あっている。シルビア嬢の学習の進度は素晴らしい」

「お兄様、そう言ってるそばから護衛を置きざりにするとは何事ですか」


 ファーレンシアがいい点をついたが、それは藪蛇(やぶへび)になった。


「カイル殿なら大丈夫だろう。何せ剣の()を砕いたそうだから」

「刃を……砕く……?」



――この男はシルビアの前でわざと話題を出している!



 カイルはがしっとセオディアの腕をつかみ、小声で言った。


「僕が悪かった。頼む、黙ってくれ」

「おや」


 セオディアは面白そうな顔をした。


「シルビア嬢には聞かれると困ると」

「困る」

「口止め料はそれなりにするが?」


 カイルは第一印象を修正した。若き領主は頭がいいのではない。頭がいいに加えて狡猾(こうかつ)なのだ。


「……僕に何かさせたいわけ?」

「話が早くて助かる」


 セオディアはカイルにだけ(ささや)いた。


「西の民が、カイル殿の同席を条件として和議(わぎ)の場への出席を了承した。これにつきあっていただきたい」

「え?」


 そこへ息を切らした護衛達がセオディア達に合流したため、話はそれ以上することはなかった。




 ほとぼりが冷めてから、四人は再び(いち)に戻った。

 シルビアはセオディアに先程(さきほど)の質問を続けようとしていた。


「セオディア・メレ・エトゥール、先程のカイルが――」

「シルビア嬢、甘味に興味があるそうだな?」

「え?」

「あちらの露店の菓子は絶品で大人気だ。いかがかな?」


 彼は完璧なエスコートとともに彼女の興味がありそうな露店を案内し(けむ)にまいていた。ファーレンシアとシルビアの甘味談義を聴いていたのだろうか?要点を押さえすぎている情報収集能力だった。

 後ろからファーレンシアとともにそれを見ていたカイルは思わず感想を述べた。


「……君の兄上は、曲者(くせもの)だなあ」

策士(さくし)腹黒(はらぐろ)ですわよ。油断なさらないでくださいませ」


 意外にも妹の評価の方が(ひど)かった。


「でも」

 少女はセオディアの背中を見つめて言った。

「兄が久しぶりに楽しんでいる姿を見た気がします」

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