(16)エピローグ
精霊樹のそばの芝が綺麗に円形に踏み倒されている。
シルビアが定着させた移動装置だ。カイルは静かに移動装置を起動させた。
金色の淡い光が周辺に漏れた。
――起動に問題なし。
カイルは携帯していた小型の箱を中に放り込み、ステーションに転移されるか試した。
機械は正常に作動した。
『なんだ、これは』
ディム・トゥーラの声が脳裏にひびく。観測ステーションで稼働試験で届いたものを拾ったらしい。
「ディムへの袖の下、多分三年は研究できるよ」
地上で記憶した大量の書物をシルビアが持参してた記録装置にせっせとダウンロードしたのだ。内心これをシルビアに持たせたのはディム・トゥーラではないかと疑いつつ。
『これが袖の下だと?……全然足りないな。まあ受け取っておくか。さっさと戻ってこい』
少し機嫌がよくなった思念にカイルは笑った。ディム・トゥーラも結局は研究馬鹿の一人なのだ。
シルビアが降下して三日が過ぎた。手当した人々に問題がないことを確認したので、これから観測ステーションに帰還するのだ。
すぐに帰還するかと思っていたが、カイルの消耗が激しかったので、シルビアは念のため、と三日ほど滞在をのばした。
「地上の重力影響をなめすぎです」と彼女に長々と説教をされた。説教に始まり説教で終わる探索だな、とカイルは苦笑した。
聖堂のそばにファーレンシアとセオディア・メレ・エトゥールが現れた。今日はこのあたりに誰も近づくな、と通達を出したらしい。おかげで静かに別れを告げることができる。
カイルとシルビアは見送りにきた二人に挨拶をするために近づいた。
「カイルを庇護していただいたことを感謝します」
「こちらも五十三名の生命を助けていただいた。エトゥールを統べる者として礼を言う」
「無事に帰ることができるのは、貴方達のおかげだよ。ありがとう、ファーレンシア、セオディア」
カイルは一枚の羊皮紙をファーレンシアに差し出した。
ステーションでも描いた初めて出会った時の少女の姿絵だ。
「いい絵だ」
セオディアは感心した。
「……シワはありませんね」
ファーレンシアが小声で二人だけに通じる冗談を飛ばし、二人で笑った。
「……お元気で」
少女は涙をこらえ、カイル達を笑顔で見送ろうとしていた。
なぜだろう。胸が痛い。
立ち去ることの寂しさが押し寄せてきた。
カイルはあたりさわりのない言葉を探したが、結局素直に自分の気持ちを述べた。
「ファーレンシア、君に出会えてよかった」
少女はその言葉に泣き笑いの表情を浮かべた。
カイルとシルビアは移動装置に向かって歩き出した。
その時、雲一つない青空に青白い光が走った。
全員が振り仰いだとき、その光は地上に落ちてきた。落雷と称してもいいかもしれない。
スパークしたのは精霊樹のそばの地面だった。
だが、そこには普段ないものがあった。シルビアが使用した移動装置である。
え?
帰るべき二人は青ざめた。
えええええ――っ?!!!!
土煙がやむと移動装置は跡形もなく粉砕されていた。
少し離れた場所でこの国を統べる兄妹は突然の自然現象に呆然としていた。
「……お兄様」
「……なんだ?」
「……私の責かもしれません。私はつい望んでしまいました。カイル様がもう少しこの地にいてくださればいいと」
「大丈夫だ、ファーレンシア」
セオディアは告げた。
「私も同様のことを願った」
ファーレンシアは思わず横に立つ兄を見上げた。
「だが、このことはしばらくあの二人に黙っておくように。これはエトゥールの領主として命ずる」
「はい」
どこからか現れた精霊鷹が、大混乱の天上人達の頭上を正確に3回旋回すると、澄み渡った大空に羽ばたいていった。
――その日、エトゥール城の居候が一人増えた。