(14)聖堂②
「少し休憩したまえ。顔色が悪すぎる」
セオディアはカイルが身を削って治療をしていることに気づいていた。
「――でも」
「いいから精霊樹のそばに行け、あそこなら多少の癒しは得られる」
時刻は真夜中になっていた。
強引に聖堂から追い出されたカイルは仕方なく言われた通りに大樹に向かった。その前に座り込み、幹に背をもたれさせる。
精霊樹は月のない夜だというのに、淡く光を帯びていた。確かに癒しの力はあるのかもしれない。
多少、呼吸が楽になったような気はした。
ああ、僕はなんてことをしたんだ。
疲労困憊のカイルはその時、羽音を聞いた。
のろのろと顔をあげると一番近い枝に鳥がいた。赤い鷹――精霊鷹だった。
近距離ではっきり見える翡翠の瞳が精霊樹の淡い光の中でカイルを見下ろしていた。
「……お前がエトゥールの守護鳥ならあの聖堂の人々を助けろ。お前の手で」
完全な八つ当たりをカイルは口にした。
「異星人に頼るな。僕は何もできない。僕は助け手ではない。僕に力はない……完全に人選ミスだ。僕ではなく、シルビアを呼ぶべきだったんだっ!」
カイルは叫んでいた。
「僕は降りるべきではなかったっ!」
精霊鷹はカイルの言葉を聴くかのようにを長く見つめたあと、不意に上を見た。
つられてカイルも見上げた
精霊樹の幹は太く一直線に天に伸びていた。
唐突にカイルの脳裏に急に川が流れるように道が見えた。
道だ。1本の道が天に向かって伸びている。
道は、はるか虚空に続き、その先にいるのは――
「ディム・トゥーラっ!!!!!」
観測ステーションの中で、ディム・トゥーラは突然の衝撃に強烈な頭痛と吐き気を覚えた。
目眩に耐えつつ、ディムは怒鳴った。こんな強烈な規格外の思念波を放つ馬鹿は一人しかいない。
「カイル! 俺を殺す気かっ!!!」
『繋がった、繋がった』
「落ち着け、今、どこだ?」
『下だよ、地上だ、エトゥールにいるんだっ!』
頭痛をこらえ、傍にいるイーレに手振りで伝える。
イーレは地上をモニターに映し出した。通信障害は消えて大陸がはっきりと映っていた。
「シルビア、すぐにきて。今ならカイルを探せる」
「自分でおりたのか?」
『違う、部屋からいきなり地上に転移したんだ。強制的に!!』
――やっぱりな
ディムは自分の予想が当たっていたことを理解したが、問題は今のカイルの状態だった。
ひどく感情が乱れている。これでは同調は長く続かない。
連絡を受けたシルビアが駆け込んできた。
『……助けてくれ』
「大丈夫だ、落ち着け。そのために俺たちはいる」
『治療チップがいる。もう1個もない』
「怪我をしたのか⁈」
「ID、生命反応を確認しました。カイル・リード本人です」
「座標と個体状態の確認を」
イーレが指示をだす。
「極度の疲労、精神に高負荷のストレス、限界値を超えています」
シルビアはぎょっとした。
「体内の応急処置用治療ナノチップの残存がありません!」
カイルは己の感情をコントロールするに必死だった。
焦るな。泣くな。自分の感情で接続を切るな。
これは命綱だ。聖堂の人々の。
「……治療チップが大量にいる。再生チップも欲しい。戦争があって、人が死にかけている。全部僕のせいだ。僕が引き起こした……」
この惑星に跳躍しなければ――。
地上に降りなければ――。
地図をかかなければ――。
『お前、まさか自分のチップを……』
「中央の法規なんてどうでも、いいんだっ!何十年の禁固でも、どんな賞罰でも受けるっ!だから……だから……」
望むことはただ一つ。
「――彼らを助けてくれ……」
「ディム・トゥーラ、彼の精神負荷が限界です。刺激をせず、落ち着かせて。このままでは彼は心的外傷を負ってしまう」
『わかった、用意する……だからお前はその座標から動くな。俺はお前の支援追跡をする。お前がここに戻るまで』
ディム・トゥーラの言葉にカイルの心は凪いだ。
一人ではない。地上におりているが一人ではないのだ。
『チップは準備ができたらその座標におろす。その周辺にいるんだな』
「いる」
ディムはそう告げたが、カイルにはわかっていた。
間に合わないだろう。
そもそもチップを無事送る算段がない。しかも送れば同罪だ。夜明けまでに何人の命が消えるだろうか。
『お前に責はない。お前が戦争を起こしたわけではない』
「でも――」
『お前がいなくても戦争は起きていた。それが古来からの歴史だ』
ディム・トゥーラの思念は静かだった
『お前ひとりぐらいで歴史は揺るがない。逆にこう考えろ。お前は今生きている人々を救ったと』
「ディム、僕は――」
前回と同じように接続は唐突に切れた。見上げると精霊鷹も去っていた。何度試みても、先ほどの念話ですら幻だったかのように繋がらなかった。
今は体力を消耗するべきではない。
カイルは諦めてのろのろと聖堂の方に向かった。
入口にはファーレンシアが待っていた。
少女は疲労と傷心のカイルの手を引いて聖堂の中に導いた。
カイルは再び聖堂に足を踏みいれて気づいた。
「ああ、精霊樹の癒しに似ているのか」
聖堂内の空気の類似にカイルはようやく気づいた。
「ええ、僅かですが、ここは精霊樹の癒しの力が流れこんでくるのです」
「ごめん……僕には救うことはできなかった……あの日、降りてきたのが僕じゃなければ」
「いいえ、貴方は救ってくれたのです」
少女はカイルをやさしく抱きしめた。
「私達の心を」