(2)邂逅
「ディム?」
何度か再接続を試みたが、反応はない。予想した障害ではあったが、嬉しいものではない。観測ステーション側のトラブルか、地上側の妨害要素か、判断する材料がカイルにはなかった。
――さて、どうしたものか。
あまり迂闊に高度を下げると、この素体が狩られる恐れもある。ディムの警告は正しい。
農耕文化があるなら、狩猟文化も存在しているはずだ。素体から離脱するにも、安全な休憩地を確保する必要がある。
意外に広い街を横断して二つ目のさらに高い障壁を超えると、整えられた緑が広がった。明らかに自然のものではない。
――造園文化あり……か
カイルは素体を付近に人気のない一本の巨木の枝に降りたたせ、考え込んだ。
帰還命令を出す存在である支援追跡がない。だが断線したら即帰還とも言っていた。身辺に危険を及んだわけではないので、このまま帰るのは惜しい気もする。
ようやく実行された惑星の初探査。プロジェクトに指定された有機体が生存する惑星は、今までの常識をことごとく覆すほど手をやいた。これが初の成果なのだ。
「……戻るか」
事故を避けて、次回に備えるべきだと結論に達した。素体を解放し、精神飛行を終了しようかとしたその時、声がした。
「――」
一人の少女が巨木を見上げていた。
「――」
何かを言っている。言語サンプルを収集するには絶好の機会だが、肉体ではないので自動翻訳のインプラントがない状態だ。残念。
すると不意打ちで声がはっきりと届いた。
「どなたですか?」
少女は鳥である素体ではなく、『自分』に語りかけてきた。直接脳裏に。
「お名前をいただけないでしょうか?」
あたりを見回すが他に人はいない。
「鳥に姿を変えていらっしゃる貴方様のことです」
え?
カイルは軽く混乱した。これは精神感応ではないか?
精神感応ができるということは、精神文明レベルは高い証拠だ。だが物質文明レベルは見た限り低い。二つの進化レベルが一致しないとは、稀有な事例だ。
この惑星は何かおかしい。
ただこの眼下の青い髪の美少女が優れた能力者であることは間違いない。
「私はファーレンシア・エル・エトゥールと申します」
彼女は見上げたまま優雅に一礼をし、名乗った。その所作は洗練されていた。ウェーブのかかった長い青い髪、瞳はエメラルドのような澄んだグリーンだ。足元まで覆われたドレスは、高級そうな布に見える。
「……カイル」
つぶやくような返答を彼女は正確に受け取った。
「カイル様ですね。お会いできて嬉しく思います」
少女は微笑んだ。カイルは少女の元に降り立ちたい衝動をグッとこらえた。
「カイル様はどうして鳥の姿をしていらっしゃるのですか?」
「え?」
カイルは耳を疑った。
「――君にはどう見えていると?」
「鳥と重なってお姿が見えます。失礼ですが私の兄よりお若い――金色の髪、と瞳。初代エトゥール王に似ていらっしゃいますね」
おいおいおいおい。
彼女は間違いなく、ステーションで横たわっている肉体の容姿を把握していた。完璧な精神感応と超遠隔遠視の能力者だ。
これは異常ではないか?
「――皆が君のような能力を持っているのか?」
質問の意味が通じなかったのか少女は首を傾げた。カイルは言葉を慎重に選んだ。
「――君は鳥ではない僕の姿を見た。僕と会話ができる」
「ああ……多分一族特有の能力です。誰にでもあるわけではございません。身近では私と兄ぐらいでしょうか」
少女は両手を胸の前で組み、見上げたまま語る。
「カイル様はどうしてこちらに?」
少女の質問にカイルは悩んだ。影響を与えない会話とはどういうものか。
「……地上を見ていた」
結局そのままだった。
「地上はいかがですか?」
これまた難しい質問だった。
「……まだよくわからない」
「そうですか」
「君から見た地上はどう見えるのだろう?」
少女は返された質問に驚き、俯いてしまった。何気ない質問のつもりだったが、カイルの方がその反応に焦った。
「――先の嵐による水害で土地は荒れて、病気も蔓延しております。食料不足が予想される中、隣国との戦争も危ぶまれています。エトゥールを継いだばかりの若き領主の能力を疑い、内乱の兆しもあります。西国の民との和平もままなりません。この滅びの前兆の夢も見ます」
「滅びの前兆?」
「はい」
問い返そうとすると脳裏に何かのイメージが浮かんだ。
赤い嵐、いや炎。燃えさかる中逃げ惑う人々。
空から火の球が降り注ぐ――。
「カイル様、どうか地上を平穏にお導きください」
少女の懇願の言葉とともに、不意に目の前が暗転した。