(13)聖堂①
城下も城内も、ほぼお祭り騒ぎだった。
セオディア・メレ・エトゥールが隣国に対して戦略的大勝利をおさめ帰還したのだ。
よかった――カイルは単純にそう思った。その時は。
「お帰りなさいませ、お兄様」
「ファーレンシア、重傷者はいつものように聖堂だ」
セオディアの言葉に少女は顔を強張らせた。深く黙礼をする。
「?」
カイルが見守る中、少女は自分の侍女や使用人達を集めた。ついてくるカイルに、彼女はためらいながら真実を告げた。
「こちらは手のほどこしのない者達です。私達はここで最後の見守りをするのです」
足を踏み入れた聖堂には多数の怪我人がいた。五十名ほどだろうか。
聖堂の重傷者は、この世界の医術では明らかに助からないものだった。
全身に火傷を負ったもの。
首や身体に大きな傷を負ったもの。
骨折はまだしも手足が欠損したものも多数だった。
治療を諦めた死に行く者達。あのときカイルが召喚された聖堂は、戦争直後に終末期の見守りの施設と化すことをカイルは知った。
カイルはショックを受けた。
この光景に加担したのは、間違いなく自分だった。
カイルは自分の今までの愚行と、なぜ接触が禁忌とされたのか正確に悟った。
影響が大きすぎる。
自分の些細な助言が、聖堂に横たわる五十人以上の運命を決めたことは間違いない。さらにはその家族の未来も変えた。
それはドミノ倒しのように国の運命を変えるのではないか。
「……持ってきてくれ」
「え?」
「……清潔な白い布、布をきる刃物、紐、水、灯、針、糸だ。大量に」
「は、はい」
「すぐにっ!」
「はいっ!」
「あとなるべく強い酒と桶をあるだけ」
ファーレンシアは侍女や使用人に指示をした。
「ファーレンシア」
カイルは少女を見た。
「ここから助けたい人を十名選んで」
ファーレンシアは息を飲んだ。生命の選別を少女に託すには酷だったが、カイルには誰を優先すべきか判断できないからだ。
「奥にいる団長の二人だ。あとの八人は身分に関係なく一番重体の者からでいい」
いつのまにか、聖堂の入口にセオディアが立っていた。
「残りの者は天の判断にまかす」
天の判断――――その天が『精霊』をさすのか、カイルをさすのか。
若き領主であるセオディアが聖堂内で指示を飛ばす。
「彼が言ったものをすぐに用意しろ」
カイルは自分の体内に常備が義務付けられている応急処置用の治療ナノチップの残数を確認した。
地下牢の件で西の民のために消費してしまっている。あと三十はあるが、十は自分のために残したい。
元々は急激な環境変化に対する自衛用の身体維持アイテムなのだ。
セオディアはカイルを奥に横たわる二人の怪我人の元に導いた。
カイルはその内の一人が初日に見かけた「クレイ」と呼ばれた人物であることを覚えていた。
カイルはそばに膝まづくと男の一番ひどい頸動脈の傷に手を当て、自分の治療チップを分け与えた。淡い光が彼の手と傷口から漏れていて時間とともに患者の容体が多少安定したように見えた。
「傷口を洗う必要がある」
「私がやろう」
セオディアはカイルの指示の元、血と泥を洗い流し、酒で傷口を拭き取った。
その間カイルは針を火で炙り、糸を酒で消毒する。
「傷を縫うのか」
一つの傷に思ったより時間がかかった。カイルにあるのは記憶された旧式な技術の知識で、経験により培った腕ではないのだ。
ああ、医療専門家のシルビアが今ここにいれば、もっと上手くやるだろう。
「私は裁縫が得意です」
ファーレンシアの侍女が名乗りでた。確かマリカという名だった。
気丈だな、とカイルは思う。彼女の手は震えていたが、その申出を受け、カイルは傷の洗い方、針と糸は消毒することを教え、縫う範囲を指示した。
彼女が一つの傷を抜いあげたのを見て、次々と手伝いを申し出るものがでた。
先ほどまでの死者を見送るための静寂は消え、そこは生の扉をつかむための戦場と化した。誰もができることをした。
死にゆく仲間に最後の別れをつげるために訪れた団兵達は、いつもと違う聖堂の様子に呆然とし、事情を知り、加わった。
白い布を細くきり包帯を大量につくらせる。その包帯はあっという間に消費された。
止血をしなおし、時間ごとに紐をゆるめるように教え、痛みで暴れる者は頸動脈洞を圧迫して失神させた。
治療ナノチップが、もっとあれば話は簡単なのだ。だが、ない。
確実に助けられる者と、助けられぬ者が出るだろう。カイルは唇を噛み、慣れない治療を続けた。
時間は刻々とすぎていき、容態を安定できたのはわずか十四人で予定のチップはつきた。残すつもりだった自分の分を使い果たしても救えたのはさらに五人までだった。
体内の急激なチップの消失は、カイル自身の体調を悪化させた。