(10)西の民②
こうなると彼等を平和的に保護するしかない。
ファーレンシアなら不在に気付き、探してくれるに違いない。あとはどうやって彼女にこの場所を伝えるか、だ。
不意にハーレイは何かに気づいたように顔をあげ唇に指をたてた。身振りで、気絶している振りをしろという。カイルは浮遊灯を消し、手に握りこんで彼の指示に従った。
数分後、階上でわずかに物音がした。
ハーレイは野生動物並みの聴力や勘の持主か。それとも民族特有の個性か。
誰かが階段を降りてくる気配がする。
鉄格子の前で鍵をあけたので、犯人一味で間違いない。目的は子供の回収か。それともハーレイ達か。
カイルは思念で相手の気配をさぐった。背中をむけていてもはっきりと感じられた。牢に忍び寄るように入ってきた人間は武器をふりかぶり――
狙いは僕か――⁈
暗殺される心あたりはないが、カイルは身体を回転させると右足で襲撃者の足を払って時間を稼いだ。
ハーレイは共闘してくれた。
敵がカイルの反撃に気を取られているうちに、その背後から手首に垂れる鎖で首をしめた。
だが衰弱していた彼はふりほどかれ、壁まで飛ばされた。
「ハーレイ!」
再び暗殺者はカイルに襲いかかるが、カイルは巧みに剣をよけた。イーレがステーションで暇潰しに伝授した護身術のおかげである。
――イーレ、ごめん。今度から真面目にレッスンを受けるよっ!!
今度があれば、だが――。
イーレ直伝の護身術があっても、長剣を持つ相手に素手は圧倒的に不利だった。おまけに相手は素人ではなかった。間違いなくプロで、急所を狙ってきていた。
じりじりとカイルは壁際に追いつめられる。
『目を閉じてっ!』
ハーレイが思念の忠告に従い目を腕で庇うと、カイルは暗殺者に浮遊灯を投げつけた。最大光源で。
突如眩い光がフラッシュのように焚かれ、網膜に衝撃を受けた暗殺者は目を覆い、のけぞった。そこへハーレイが体当たりをし、相手のバランスを崩してくれた。
すかさずカイルは蹴りを繰り出した。武器を握る手首に命中し、剣をはじきとばす。
絶妙なタイミングで空中の剣を手にしたのは、ハーレイだった。男は奪い取った剣を何の躊躇いもなく、振りかざした。
『――殺しちゃだめだっ!』
その声を受け取ったように彼は一瞬で剣の持ち手を変え、束で男の首を強打し、襲撃者を昏倒させた。カイルは舞踊のような動きにあっけにとられた。思わず興奮して拍手をした。
ハーレイは予想しなかった賞賛に一瞬困惑したようだったが、唇のはしをわずかにあげ、親指をたてたハンドサインをよこした。
すごい手練れだ。鍛えなければこうはならない。
カイルは悟った。彼等は恐らく戦闘民族だ。捕らえたものの強すぎて止めをさせず衰弱死狙いで監禁されていたのではないか。
イーレとどっちが強いだろうか。緊急時というのにカイルは不埒なことを考えた。もしかしたらイーレかもしれない。ステーションの小さな魔女は最凶だから。
観測ステーションで、イーレは大きなくしゃみをした。
「風邪ですか?」
「いいえ、大丈夫よ」
鼻元を押さえて、イーレは顔をしかめた。
「何か無性に腹が立ってきたわ」