(23)水場①
カイルが怪我をしたと聞いて、セオディア・メレ・エトゥールがハーレイの村までやって来た。多忙な彼が、専属護衛と共にハーレイの家に姿を現した時、カイルは驚いてしまった。
移動装置を設定したとはいえ、エトゥール王がそれを頻繁に使うとは思わなかったからだ。
「なんだ、その顔は」
「――びっくりした」
「意外に元気そうだな」
「う、うん」
「いつ頃、治る?」
「骨は繋げてもらったけど、二週間とシルビアは言っていた」
「そうか」
彼は、カイルの身体の上で眠っている鷹に視線を落とした。赤い精霊鷹はほとんど寝て過ごしていて、身体にまかれている白い包帯が痛々しい状態だった。
「……ごめん、僕の不手際で、エトゥールの守護精霊獣を傷つけてしまった」
「話はイーレ嬢から聞いている。気にせず静養するように」
彼はそれ以上特に話すこともなく、古書を置いてすぐに帰ってしまった。
カイルの側に控えていたファーレンシアは吐息をついた。
「本当に不器用ですね……」
「僕が?」
「いえ、兄が。顔を見ないと気がすまないほど、心配したのでしょう」
「メレ・エトゥールが?」
「ええ、心配したなら心配した、と素直に言えばいいものを」
「メレ・エトゥールの立場として、個人だけを特別扱いにはできないでしょ」
「ここまで、足を運んだだけでも、十分特別扱いですわ」
メレ・エトゥールに特別扱いされる――それは何とも照れくさい話だった。傍に置かれた古書を手にする。
「……えっと、ファーレンシア、これは?」
「不器用な兄なりに考えた見舞いの品だと思います」
ファーレンシアはくすくすと笑う。寝台から離れることを許されない身としては、ありがたい娯楽の提供だった。
パラパラと内容を確認しようとしたカイルは、羊皮紙の紙片がはさまれていることに気づく。そこには見覚えのあるメレ・エトゥールの達筆な字で書かれていた。
『深入りせずに早くエトゥールに帰れ』
――それは明らかに手遅れだった。
見舞いの古書は、メレ・エトゥールが所蔵する禁書の類のようで、カイルが読んだことのない内容だった。禁書を見舞いの品として提供していいのだろうか?
カイルは後ろめたさを感じたが、メレ・エトゥールの手伝いもせずに入手した機会を逃す手はない。すぐに読み始めた。
それは、初代エトゥール王の時代に専属護衛であった男の手記であった。極めて個人的な内容が多い。専属護衛の覚えがきか、日記に近いかもしれない。当時の文化風習を研究するなら宝のような資料であったが、なぜ、これが禁書に分類されるのだろう、とカイルは首を傾げた。
だがカイルは気づいた。
専属護衛の日記と思わしき文章の中で、主人とともに何処へ行ったとか、何を求められたとか、起きた小さな事件から、初代エトゥール王の政治に渡るまで記載があった。
カイルが注目したのは、「導師」という記述だった。
彼が仕える主人と、その友人の「導師」の記述がたまに出てくる。そこだけ不自然に固有名詞の表記がなかった。
固有名詞のない「導師」は、記録を残すことを許さなかったメレ・アイフェスではないだろうか?
個人の日記までは、さすがに検閲できなかったのだろう。後世に禁書の類に指定したのも腑に落ちる。初代エトゥール王の時代の貴重な資料でもあるので遺棄せず、禁書として管理の元、残したのだ。
彼の主人は友人の「導師」と西の地に向かっていた。あの時代に西の地と交流があったということだ。
これが事実なら、イーレの原体もエトゥールのメレ・アイフェスとして、西の地に赴いた可能性はある。そこで、賢者として過ごし、何らかの理由で死んだ。
――しまった。やはり離宮の天井画は模写しておくべきだった。
離宮の天井画はやはり情報の宝庫だったようだ。過去のメレ・アイフェスに女性がいれば、それはイーレの原体のエレン・アストライアーの可能性がある。
まるでパズルのように、様々なところに情報が散らばっている。それを探し出していかないといけない。
――先は長いなあ。
古書を読んでいるうちに、いつしかカイルは眠りにおちていた。




