(7)地上生活②
とりあえず、居場所を確保したからあとは救出を待てばいい。カイルはそう気楽に考え過ごしていたが、ある可能性に気づいた。
――あれ?もしかして地上にいるってわかってないのでは。
こんなありえない転移移動に誰が気づくのか。
地上への探査も観測も不能で、唯一の探索候補者である自分までもが地上にいるのに?
詰んだ――っっっ。
一番の可能性は事情を知っているディム・トゥーラだったが、あれからどうやっても接触はできなかった。跳躍していた時は間違いなく通じていた思念が、まるで何かに遮断されているようだった。
観測ステーションで最高の精神感応者であるディム・トゥーラに繋がれないのなら、ほかの人間への接触の可能性は、ほぼなかった。
行方不明者が出れば、惑星調査は中止になり、全員が中央に帰還するだろう。あとは無人の観測ステーションが残るばかりだ。
戻るには早急に所在を知らせる必要がある。戻れなかった場合の対処も考えるべきだ。
カイルは焦った。
カイルがファーレンシアに事情を伝えると、彼女はきょとんとした。
「お仕事ですか?」
「地上で僕ができる仕事はなんだと思う?」
「兄の助言者などいかがです?」
「それは禁じられている」
「戻れなかったら、禁忌は無関係になりませんの?」
それは斬新な発想だった。
「……それは最後の手段にとっておきたいんだ」
「では絵師などいかがでしょう。肖像画家で生活できる腕だと思いますが」
「実は僕の絵には致命的な欠点がある」
「欠点ですか?」
「僕の絵は記憶した光景を再現しているだけだ。ご婦人が自分のシワの数まで再現されて喜ぶだろうか?」
ファーレンシアは吹き出した。
「それは……確かに致命的な欠点ですわね」
彼女の笑い声にカイルは和んだ。
無難なところで動植物に関する博物誌の編纂や異国の書物の翻訳ではないかとファーレンシアは言った。確かにそれならできそうだった。
相変わらず上とは連絡が取れず意気消沈するカイルに、ファーレンシアは、彼を城の一室に案内した。
そこは図書室だった。
蔵書数の多さにカイルは驚き、興奮した。
「……これ、読んでいいの?」
「もちろんです。禁書の類はここにはありませんから、持ち出しも可能です」
「ありがとうっ!!」
自分より年上のはずなのに、子供のように目を輝かせるカイルに、ファーレンシアは微笑んだ。客人を元気づけることに、あっさりと大成功をおさめて、エトゥールの姫は満足した。
カイルはその日から、図書室に通い、全書物に目を通すことを始めた。文字通り、パラパラとめくり全ページを記憶し、膨大な情報を記憶領域にアップロードした。
知識習得は生き残りをかけた手段であった。たとえ、地上に取り残されても、この知識は武器になるはずだった。
既刊の博物誌の挿絵はお粗末な物が多く、ファーレンシアの指摘通り、自分の腕前なら挿絵師として生きていくことは、十分可能かもしれない、とカイルは自信を深めた。