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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
終章 エトゥールの魔導師
1012/1015

(31)絆㉛

 カイルは自分の帰還にこれだけの数の人間が集まっていることに呆然とした。


「セオディア・メレ・エトゥール……」

「なにか?」

「これは、いったい……」

「地上を救った導師(メレ・アイフェス)凱旋(がいせん)なのだ。当然、こうなる。人数を絞るのにだいぶ苦労した」


 だが、それらの人々と会話を交わす前にカイルは、侍女達に囲まれた。対象に若長夫妻とディム・トゥーラも含まれていた。

 そしてそのまま問答無用に侍女集団は、旧離宮からカイル達を拉致(らち)った。


「いってらっしゃいませ」


 ファーレンシアのにこやかな見送りに、カイルは既視感を覚えた。





 侍女達に連行された先は、大災厄以降無人だったはずのエトゥール城の浴室にだった。石造りの広すぎる浴槽は、常と変わらずに豊潤(ほうじゅん)なお湯に満たされていた。

 幸いにも西の民の若長もいたので、異文化の風習の違いによる軋轢(あつれき)を回避するためか、服を強引に脱がされることは免れた。


 侍女達が残念そうな顔をしていたのは、気のせいだろうか?


 ディム・トゥーラやハーレイ達が侍女達に服を剥がされるところは、見たかった気がする――過去の受難が自分だけの体験であることを、カイルは残念に思った。その失望を二人に悟られるわけもいかず、カイルはそっと遮蔽(しゃへい)を強化した。


 旅路のあとの入浴は最高だった。

 お湯による入浴が初めてのはずのディム・トゥーラも目を閉じて気持ちよさそうに堪能(たんのう)していた。


「なあ、もしかして、このお湯に麻薬(まやく)成分とか含まれていないか?」


 ディムの問いかけにカイルは吹き出した。考えることは、同じらしい。やはりこのお湯には、人を腑抜(ふぬ)けにする効果があるに違いなかった。




 風呂上がりには、ディム・トゥーラにまで豪勢な刺繍の長衣(ローブ)が用意されており、本人を大いに困惑させた。

 長衣(ローブ)をまとったディム・トゥーラは、長身、動じない性格、鋭い眼差し、エトゥール人と同じ茶髪と茶色のため、どこからみてもエトゥールの上級貴族だった。

 これにはカイルの方が、あっけにとられた。彼は、エルネスト並に違和感なく貴族集団に潜むことができるに違いない。


「よく、似合っているよ」

「本当に似合っているな。まるでエトゥールの王侯貴族だ」


 ハーレイまでが、その容姿を賞賛した。


(たけ)がぴったりだ。しかも素晴らしい刺繍(ししゅう)じゃないか」


 ディムは感心したように刺繍(ししゅう)に見入った。

 ディムの長衣(ローブ)の意匠は、白い虎の精霊獣だった。ハーレイの着替えは、森と(ふくろう)の刺繍があり西の民独自の特徴的の紋様(もんよう)が組みこまれていた。その気遣いにハーレイは喜んだ。

 カイルの意匠はいつものように当然白い狼で、カイルはまたもや切ない気持ちに陥った。



 隣にウールヴェのトゥーラはいない。



 着替えを終えたカイル達は、防御壁(シールド)に覆われている聖堂に案内された。防御壁(シールド)は人が通過できる設定になっていた。

 防御壁(シールド)を通過したカイルは、驚きの声をあげた。


 防御壁(シールド)の中はこれ以上にない濃密な癒しの空間になっていた。

 

「エルネストの遮蔽(しゃへい)がきいているな」


 ディム・トゥーラは満足そうに頷いた。


「遮蔽?」

「この癒しの波動が、精神エネルギーに似た産物なら、物理的な防御壁(シールド)より、支援追跡者(バックアップ)が使う遮蔽(しゃへい)の方が封じる効果があると思ったんだ」


 ディム・トゥーラはカイルに説明した。


「封じる?」

「世界の番人の精神エネルギーの産物が癒しであるなら、瀕死状態でエネルギーを消耗するのは悪手だろう?王都の外側は傷ついた大地で、癒しを欲しているじゃないか」

「大地も癒しが必要だと?」

「まあ、時間はいくらでもあるから試して見ればいい。隔離室としては、最高級のグレードだろうな。こうして、癒しに満たされているなら、案外世界の番人からの解放も早いんじゃないか?」

「参照循環な気もするけど……」

「まあ、そうだな。だが、外部の精神エネルギーの消費は回避されているはずだ」


 聖堂の扉をあけて足を踏み入れたカイルは驚いた。

 長椅子は全て取り払われて、冷たいはずの石床には厚い絨毯がひかれ、最高級の貴賓室に変わっていた。部屋として板壁で仕切られている。寝室や談話室まで移動していた。


「なに、これ?!!」

「生活しやすいように、全て調整した」


 先着しているメレ・エトゥールが、やや自慢げに案内した。


「いや、やりすぎでしょ?!」

「さすがに時間がなくて浴室と厨房は組み込めなかったが、それは後工事になる」

「いらないよ!」

「ファーレンシアと娘も一緒に暮らすのに?」

「え?」


 娘――カイルはその言葉に、ドキリとした。あれだけ人がいながら、生まれたはずの赤ん坊がいなかったことにカイルはようやく気づいた。


「生まれた僕の子供はどこ?」

「今、フランカ達が連れてくる」

「娘――僕の娘は可愛い?」


 親バカな発言にメレ・エトゥールは、やや恨めしげな視線を投げた。


「メレ・エトゥールの私ですら、まだ面会をしていないのだぞ」

「え?なんで?」

「エトゥールの風習だ。早く、父娘の対面を済ませてくれ。毎日、侍女達にいかに愛らしいかを語られることは、拷問(ごうもん)に近い。姪なのに面会できないんだからな」

「本当に愛らしいですよ」


メレ・エトゥールの横でシルビアが証言をした。

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― 新着の感想 ―
[一言] ようやく、みなさまにお披露目できるのですね、おひめさま。
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