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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
終章 エトゥールの魔導師
1011/1015

(30)絆㉚

お待たせしました。本日分の更新になります。 お楽しみください。


現在、更新時間は迷走中です。 面白ければ、ブックマーク、評価、布教をお願いします。(拝礼)

 確かにつねられる頬の痛みは、そこにファーレンシアがいることの証明になった。


「私がカイル様の帰還にかけつけない薄情な妻だと思っていたのですか?ミナリオが報告にきて、お兄様と今後の方針を練り、エトゥールに移動し、聖堂の改修とその周辺に人が立ち入らないようにして準備をしていたのですよ。カイル様の帰還をいまかいまかと待ち構えていたのに――」


ファーレンシアは、カイルをキッと睨んだ。


「精霊の泉に数日とどまる提案をするとは、どういうことですか?」


 はっ!バレてる!

 あの時のウールヴェの威圧(いあつ)の源流を悟り、カイルとディム・トゥーラは青ざめた。研究馬鹿の朴念仁(ぼくねんじん)達は、自ら掘った墓穴に深くハマっている状況をようやく悟った。

 ディム・トゥーラの方が賢明にも、慌てたように()びた。


「すまない、姫。俺が状況の空気を読まずに、精霊の泉の動物に夢中になったんだ」

「ディム様はよろしいのです」


 ファーレンシアはディム・トゥーラに寛大だった。


「ディム様がいなければ、カイル様とアードゥル様はずっとあの空間に閉じ込められていた可能性があった、とアードゥル様がおっしゃってました。今回の救出劇の多大な功績による褒賞(ほうしょう)を要求する権利がございます。空気を読んでないのは妻を忘れて放置するカイル様ですわ」


 ディム・トゥーラは糾弾の対象から外れたことに、ほっとした。


「そういうことなら、いくらでもカイルを糾弾(きゅうだん)してくれ」

「ありがとうございます」

「ディム、ひどくないっ?!」

「これは明らかに夫婦間の問題だろう。俺の関与する範疇(はんちゅう)じゃない」


 上手い逃げ方だ――周囲の人間は、ディム・トゥーラの機転と問題のすり替えと保身と鮮やかな人身御供(ひとみごくう)ぶりに、感心した。

 カイルの(うで)の中にいるファーレンシアは、まだ泣きながら怒っている。カイルはファーレンシアを見下ろしながら、おろおろと狼狽(うろた)えていた。カイルが想像していた再会とかなり(へだ)たりがあった。


「ファーレンシア、その……、なんというか……」

「カイル様は、もう私を愛していらっしゃらないのですか?」


 涙目で訴えるファーレンシアにカイルが勝てるわけがなかった。しかも絶対に勝てない台詞(セリフ)だった。


「そんなことはないっ!愛してる!」

「本当ですか?」


 ファーレンシアはポロポロと再び泣き出した。


「やっとの再会なのに、反応が薄すぎます……」

「反応が薄いなんて、そんなこと――」

「私はずっと待っていたんですよ。無事だと信じていても、不安で不安で……」

「ファーレンシア……」

「もう、戻ってきてくださらないのか、と……ここにいるカイル様も(まぼろし)じゃないかと……」


 カイルはようやくどうすればいいか悟った。

 カイルはファーレンシアを優しく抱きしめてささやいた。


「………………帰ってきたよ。遅くなってごめん」

「………………お帰りなさいませ」

「………………ただいま」


 もう一度、ファーレンシアに強く抱きしめ返えされることで、カイルも再会の混乱がおさまりつつあった。

 だが、確かめなければいけないことがある。

 カイルはファーレンシアに尋ねた。


「ファーレンシア、今の僕が怖くないの?」


 ファーレンシアはその質問を予想していたかのように、泣きながら少し笑った。


「まあ、やっぱりひどい。カイル様は私が誰だか忘れているのですね」

「…………はい?」

「私はエトゥールの姫巫女ですよ。世界の番人の声を聞き伝えていた私が、どうして怖がると思ったのですか?」

「………………………………あ…………」

「カイル様の中に世界の番人がいらっしゃることは、わかります。()れ出る威圧(いあつ)に恐れおののく者が出る可能性も理解できます。でも、私もそれらの人々だと分類されるのは、いささかひどすぎます」


 ファーレンシアは()ねたように主張した。

 カイルがその言葉に反射的に強いハグを返したのは、ファーレンシアの度重なる教育の成果と言ってもいいかもしれない。


「カイル様?」

「よかった……。ファーレンシアに(おび)えられることが、ずっと怖かった……」


 カイルの小声の本音に、ファーレンシアは胸が詰まった。


「カイル様はカイル様です。その中に世界の番人がいても、いなくても、私が愛した人です」


 その言葉をきいたカイルは、ファーレンシアの(くちびる)に長いキスを落とした。

 ファーレンシアの顔が真っ赤になった。


 カイルは、その反応にはっとした。二人きりではないということを思い出したのだ。


 慌てて背後の移動装置(ポータル)の方向を見る。

 そこにいる西の民の夫婦はニヤニヤしながらカイル達を見守っていた。ディム・トゥーラは揶揄(やゆ)する表情でもないが、カイルの視線に対して、意味ありげに別の方向を見た。


 そちらには、メレ・エトゥールをはじめとする関係者が、二人の再会の儀が終わることを微笑(ほほえ)みながら待っていた。


 セオディア、シルビア、ミナリオ、マリカ……刺激が強かったのか、リルとクトリは同じく顔を真っ赤にしているし、その背後にはなんと、ガルース将軍達一行までいた。


「私達は気にするな。ファーレンシアの誤解の解消と、夫婦仲の回復の方が、重要な問題だ」


 セオディア・メレ・エトゥールの言葉が、カイルにとどめをさした。

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