(29)絆㉙
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カイル達は帰還を急がなかった。今後のことを話し合いながらの幾度かの野営休憩ののち、精霊の泉近くまで辿りついた。禁足地を離れて、すでに数日がすぎていた。
世界の番人が眠りについても、精霊の泉の神聖さは保たれており、数種の野生動物が水を飲みにきていた。ここでの狩が禁じられていることを悟っているかのように、人間達の出現におびえる気配は皆無だった。
草食動物と肉食動物が休戦協定があるかのように、争うことなく、並んで水を飲む姿は異様でもあった。ここでは縄張り意識や食物連鎖の方程式は存在しないらしい。
ディム・トゥーラがしばしその様子を観察し、所持していた端末に記録を残したことを、カイルは見逃さなかった。
「…………研究馬鹿……」
「なんとでもいえ、許されるなら何日かキャンプしたいほどの絶好の観測ポイントだぞ?」
「なんだったら、何日かここで滞在してから帰っても――」
提案しかけたカイルは、背後から凄まじい威圧を感じた。
驚いて振り向くと二匹のウールヴェ達がカイルを睨んでいた。
その視線は明らかに『ふざけんなよ、お前ら』だった。
「……えっと……ダメみたい……」
ディム・トゥーラもウールヴェの苛立ちを受け取ったらしい。残念そうに溜息をついた。
「……そうみたいだな……寄り道がダメなのか、神聖な場所での観測がダメなのか、気になるところだ……」
「どっちかな?もしかして両方かな……?」
「だが、ある意味、安全な場所に移動装置は定着したな。野生動物や四つ目に襲われる心配がない。サイラスの場合とは、えらい違いだ」
「逆にサイラスがこっちに来てたらと、想像すると怖いよ」
ディム・トゥーラは、しばしその仮定を検討してみた。
「………………脳筋vs脳筋をきっかけとする西の民とエトゥールの全面抗争しか浮かばないのは何故だ?」
「……それ、正しい予想解析結果だよ……」
しびれを切らした二匹のウールヴェに追い立てられるように、一行は近くにある移動装置に向かった。
カイルは泉のそばの切りひらかれた空き地に、かつてイーレが設置した移動装置が変わらずあることをみて、ほっとした。
これを踏めば、エトゥールの旧離宮に飛んで帰ることができるのだ。
帰る――それは不思議な言葉だった。
中央で自由とは言い難い生活を送り、そこから逃れるためだけに、所長のエド・ロウと共に幾つかの辺境の惑星探査を受けて過ごしていた。最後にたどり着いたのが、この惑星だった。
帰りたい場所など今まで存在しなかったが、今はエトゥールに――そしてファーレンシアの元に帰りたかった。
帰る場所があるとは、なんと幸福なことだろう。
カイルはその感情にしばし浸った。
それから胸にそっと手をあてた。世界の番人は変わらずそこに在った。
成り行きの最善策とはいえ、強大な力を宿してしまった今、能力者であるファーレンシアはこの身から漏れ出る異形の圧に怯えるかもしれない。
世界の番人が力を取り戻し、依り代状態から解放されるまで、自由にファーレンシアとは会えない可能性もあった。
カイルは覚悟した。世界を救う代価は高かった。
ファーレンシアに手紙を書こう。会えなくてもそれは可能だ。
まずはエトゥールに戻り、今まであったことを手紙にしたためて、彼女のウールヴェにたくし――。
そんなことを考えながら、カイルは起動された移動装置を踏んだ。
周囲の景色が一気に変わる。
森の中から、贅沢な絨毯の敷き詰められたエトゥールの旧離宮だ。
「カイル様!!」
懐かしい声に、カイルは驚いた。
一番会いたいと思っていたファーレンシアの姿が、離宮の移動装置のそばにあった。
「……ファーレンシア……?」
カイルが移動装置の光から出てくると、幻じゃないことを確かめるように、ファーレンシアの方がカイルの腕の中に飛び込んできて、カイルの身体を強く抱きしめた。
「カイル様……無事で……よくご無事で……!」
ファーレンシアは大粒の喜びの涙を流し始めた。
「…………ファーレンシア?」
カイルはまだ呆然としていた。
アドリーで出産後、体調を崩し療養しているファーレンシアがここにいることが信じられなかった。
恐る恐る腕の中のファーレンシアを見下ろす。
「本当にファーレンシア?」
「……はい……カイル様は本当にカイル様ですよね?」
カイルのボケた質問に、ファーレンシアは泣き笑いの表情を浮かべた。
「うん、僕だけど……え?なぜ、ここに?」
失言に近い言葉に、カイルはまだ泣いている伴侶に両頬をつねられるという報いを受けた。
「痛い痛いっ!」
「カイル様……ひどいお言葉ですわ……どれだけ心配したと思っているんですか……!」
「ファーレンシア、痛いよっ!」
「夢や幻じゃない証明です」
ファーレンシアは泣きながら怒っていた。




