(19)和議の使者③
「あと他に気をつけることはあるか?」
『言葉の問題かな?西の民の言語を僕たちは知らない。通訳がハーレイのみになってしまう』
「ああ、確かに。それは心もとないかもしれないな。俺の補佐役もまだそれほどエトゥール語はうまくないし、どうしたものか……」
「お前に特訓してやろうか?」
にやりとナーヤが笑う。
「ただし安くはない」
『こわいな、お婆様。どれだけふっかけるの?』
「伝承が知りたいなら、西の民の言語の習得は必要だ」
ばっと、白い獣はハーレイを見たが、彼は首を振った。
「まだ話してない」
『……お婆様、その先見、恐ろしいほどだよ。どれだけ規格外なんだ』
「お前さんだって規格外だろ。茶髪のメレ・アイフェスがいつも嘆いておるようだ」
『――』
「なんじゃい、茶髪のメレ・アイフェスが気になるんかい」
『――茶髪のメレ・アイフェスは無事?』
「まだ旅の途中だな。戻ってくるから安心せい」
『そうか』
カイルはほっとした。
『お婆様、僕以上に規格外だよ』
「あたしゃ審神者にすぎんよ。知っているのは世界の番人だ」
『……ああ、アレね……』
「カイル!」
『ごめんごめん、村の中では言わないって約束だったね』
「大丈夫、お前さんの横に、その白い精霊獣がいれば、多少の暴言は見逃してもらえる」
『これ、僕のウールヴェだよ。精霊獣じゃない』
ナーヤはハーレイを睨んだ。
「なんじゃい、ちゃんと説明していないのかい」
「……いや、どっから説明していいものやら」
『?』
ごほんとハーレイは咳払いをする。
「カイル、普通のウールヴェは他人としゃべらない」
『……はい?』
「多少の意思の疎通はできるが、使役者以外の他人としゃべらない」
『……えっと?』
「しゃべるとしたら、それは世界の番人の祝福を受けた精霊獣だ」
『……………………』
カイルの反応に、ナーヤとハーレイは顔を見合わせた。
「固まっておるのう、まさか本当に知らんかったんかい」
「そんな気はしたんだ。ナーヤ婆、こういう場合の対処は?」
「知らんわい。エトゥールではこういう基本を教えないのかい。いささか問題じゃないかね」
『……これ、街でメレ・エトゥールに買ってもらったウールヴェだけど』
「そうか」
『……使役ができるって』
「そうだな、俺も使役している」
『……大食漢というよりはよく惰眠をむさぼっていたけど』
「そうか」
『……周囲の言葉をきいて学習していくのでは?』
「まあ、多少学習してくれるが、しゃべらない」
『結構、語彙が豊富で、鬼だの鬼畜だの大漁だの覚えているのだけど……』
「その語彙の選択はおかしくないか?」
ハーレイが真顔で突っ込む。
「誰がそんな言葉をウールヴェの前で使ったんだ?」
『……うん……まあ……なんとなく、心当たりが……』
「その大きさになったのはいつだ?」
『僕が意識を失っていた時かな……?目覚めたらこの大きさだった』
「ああ、世界の番人に囚われていたと言っていたな。ではその時だろう」
『なんで⁈』
「世界の番人の行動など、我ら一般の民の考えなど及ばん。正直なんで、そんなに忌み嫌うのか理解できないんだが。世界の番人の祝福を受けた精霊獣を身近におけるなど、最高の加護だぞ?西の民なら氏族の長に間違いなくなれる」
『……………………』
「嫌みたいじゃな」
「嫌なようだ」
『……僕の世界には……精霊も……世界の番人も……ウールヴェも存在しない……だから理解しかねるんだ』
「ほほう」
老女は面白そうな顔をした。
「だが、こちらも精霊獣に意識を乗せられるものなどいないぞ。あたしでも無理だ。こんな風に会話はできぬ」
『それは、まあ、僕の特殊な能力なんだけど……』
「カイルが精霊の泉で急いで戻ったときに、残ったウールヴェと会話をしたのだが、かなり知性がある。ウールヴェの領域ではないのは確かだ。言葉もかなり流暢だった。世界の番人相手に激怒したのはカイルで二人目だとか――」
『……それは事実だけど……』
「そこまで状況認識できるウールヴェなどいない。そういうことだ」
『……』
「まあ、どっちだっていいのだろう」
ナーヤ婆は笑い出した。
「いやいや、ナーヤ婆、精霊獣だぞ?長なら誰でも望む加護だ」
「この坊は、自分と絆を結んだのが、ウールヴェだろうと、精霊獣だろうとかまわないんだよ。自分に加護も必要だと思っていない。どちらかというと周囲の自分に関わる人々に加護が欲しいと思っている」
『――』
「賢者らしいねぇ。無欲というか……おっと、ひとつ忠告じゃ」
『……なんだろう』
「お前の精霊獣は賢いからすぐ拗ねるぞ。今もこの会話を理解しておる。精霊獣だからといって、毛嫌いしないようにな」
それは確かに必要な忠告だった。




