#2
「"彼もあなたのことを大切に思っている。だから命を張って助けに行けるんです"だってさ。人形の思考の何がわかるんだよ」
悪態をつく先輩。青い光と共に雷を発生させた遥さんの左腕を目の前にして、葵先輩は社会への愚痴を口にする。
「無意識下の自分の操りで勝手に助かって、人形が助けてくれたと勘違いをする。無様すぎるだろ」
とはいえ、今日は随分矛先が尖っている。研ぎたてのナイフのように、さっくりと切れてしまうほどに。
ここが自宅で安心した。帰ってくるまで耐えてくれた先輩に、こっそり感謝しておく。
「相変わらずの切れ味ですね。今日も」
「なにがさ」
「人形へ恋愛感情を向けることに対する意見」
綺麗にもとに戻った遥さんの左腕。先輩はその腕に優しく手を滑らせる。肘から手首。そして指一つ一つにまで指を絡めていく。
その表情は心に突っかかりを覚えたようなしかめっ面でもなく、笑みでもない。ただただ真剣な、真顔。
「自分に都合のいい動き、都合のいい言葉だけを投げかけてくるのが人形だ。反抗されないための合理的な判断だとは思う」
遥さんから離れた先輩は、メンテナンスを始める前ぶりに俺と視線を合わせ、すぐに遥さんにうつした。それで何かは察した。遥さんに近付いて、人を起こすように肩を揺する。
ゆっくりと開かれた目。何度か瞬きを繰り返して、視界に俺と先輩を収める。
「おはようございます。左京さん、葵さん」
「おはよう遥。私は左京くんと話をするから、蓮の相手をしてもらえるかな?」
「勿論です。私が相手をしてもらう側ですけれど」
すぐに遥さんに背を向けて、片手を上げ去っていった先輩。その背中を追いかけて、ちゃんと扉を閉めてから階段を登る。地下の整備室よりも明るい世界に、少し顔を顰めた。
「自分の求めた対応、欲しい言葉を人形はくれるだろうね。だって、そういうふうに作られているんだから」
先輩も外が眩しいと感じたのだろう。シャッと躊躇なくカーテンをしめた。日光が遮られ、部屋に影が落ちる。
そんな先輩の背中を見ながら、俺は電気のスイッチを入れた。灯りが灯る。程々に照らされた部屋のなかに、取り残された気分になった。
「自分に都合がいいからって人形を愛して、少しでも合わない部分のある人間は愛さずにいる」
今日の先輩は、どこか暗い印象を抱かせる。いつも明るいわけではないけれど、それでもこの雰囲気は湿っていて居心地が悪い。
雨の降らない砂漠のようにからっとした言葉の残りでなく、雨を受ける土のようななんとも言えない残り。
「人形なんて、愛してしまえば所詮失敗作の紛い物じゃないか。──未来に残せないなんて」
「……確かに、人形に生殖機能を持たせる研究はされていますが、未だ成功例は発表されていませんね」
「成功していたとしてもだ。子をなす相手すら作り物を選ぶのか?」
人造人間と人間の愛憎劇はフィクションで良く見る話だ。大抵追われて命を狙われている。そして、人造人間に命を救われて堕ちていく。
子をなせなくても、抱いた愛は相手を人だと認識したからこそのもの。作り物だとか機械だとか関係なく、"貴方が貴方でいるから"と言う。
葵先輩がそれを理解できず否定したのと同じように、俺もそれを理解できなかった。だからここに俺はいる。
それを先輩は理解しているから。そして今日までの間にそうだと実感することがあったから、今いつも以上に饒舌なのだと俺は思っている。
「私は人形を愛さない。人形を失敗作の紛い物なんかに貶さないために、私は人を愛するんだ。愛に不一致はつきものなんだ。だからこそ、深く想えるのが人間の特権じゃないのか?」
人形を"完成されたもの"だと言い切るために、人形を失敗作だと言う時間がゼロであるために。
先輩はそう言い切った。抱く感情が互いに揃わないことを人間の特権だと言った。俺は、これに賛同しこれを自分の意見にする以外の道筋がわからない。
「人形、好きなんですね」
「好きじゃなかったら自分で作らないだろ」
「……それもそうか」
納得してそう呟くと、先輩は漸く笑みを浮かべてそうだぞ、と言う。
多大な専門知識が必要になる人形師の資格を持つ程に人形を好きな先輩。大好きな人形に、『失敗作』と呼ばれる理由ができることを許さない先輩。
その感情は"愛"なんだろう。恋愛感情ではない、愛。
「この機会に言っておくけど、私左京くんのこと好きだよ」
「……はい? ありがとうございます?」
緩むことの許されないような雰囲気から一転、俺と先輩は穏やかなゆるりとした空気に包まれた。一度も逸らされなかった視線は、クエスチョンマークが隠しきれなかった俺の言葉で先輩に少しの笑いが訪れたことにより一度ズレた。
「わかってないだろ。人形に向けるべきではない好意。恋愛感情ってやつだ」
何も返せない。返す言葉が出てこない。むしろここは無言が正解だったりしないだろうか。
やけに思考がはっきりとしていた。先輩の言葉はおよそ間違いなく理解した。
「信じられないかもしれないけど、私の本心だ。何度だっていう。人形を愛さないために思い込んだだけの感情でなく、ただ本当に君を愛している」
意識しろ、という宣戦布告だ。
──もうしてるのに。




