試されるもの① ~平和的な戦い~
朝。
まだ眠気を残しながらも、清々しい一日の始まり。カーテン越しに差し込む光で、あぁ今日は天気が良いとか雨降りそうとか悩む時間。だから目覚めの瞬間というのはとても大事なのだけれど。
「んーっ! アルフレッド、おはようのちゅっちゅっ!」
「おうガキ、人の旦那に何してやがる……」
「はぁーっ? 戸籍もないヤモリの分際で嫁気取りとか片腹痛くて死にそうなんじゃがー?」
「んだとテメェ……今日こそぶっ殺してやる!
どかーんばきーんどきゅーんがしゃーん、としか言えないような擬音が俺のベッドの上から聞こえる。魔王対邪神という世界の滅亡ぐらい賭けておかないとバチが当たりそうな戦いは今、迷惑なだけの喧嘩になった。
もう一度布団を頭まで被り直して夢の続きを見たいけれど、もうどんな夢を見てたかすら思い出せない。あれ、おかしいな楽しい学生生活を送る夢を見てたのにな、何で涙が出るんだろうな。
「返して……俺の楽しい毎日返して……」
本音を言うと、二人の事が嫌いなわけじゃない。けどまぁ、こう毎朝人の貞操を巡って争われるのはなかなか辛い物がある。主に精神的に。
「おーい皆! 今日も朝のカレーができたぞーーーーーっ!」
と、ここで救いの声。今日は一段と元気のいいシバの声が廊下から響いた。それでようやく二人のアホな戦いは一時終戦を迎える事に。
「きょ、今日のところは妾の宇宙より広い心でゆるしてやろう……」
「ハッ、こっちのセリフだクソガキが」
互いの健闘を称え合ってないですね、まぁいいや朝飯食おうか。よし起きようっと。
「あ、起きた」
「……起きたな」
二人の視線が俺の顔に突き刺さる。起きましたとも、それが何でしょうか。
「妾の愛をシカトして狸寝入りとは……ゆるさんっ!」
「さっさとこのガキ……追い出せぇ!」
飛んでくる二つの平手打ちはそのまま両頬に直撃する。頬が二つあって助かったぜ、なんて気の利いた皮肉は口から出そうな気配はない。
何せこんな朝の光景が、もう一週間も続いているのだから。
両頬をさすりながら食堂に行けば、一枚の手紙を読みながら優雅に紅茶を啜るシバの姿があった。上から下まで目線を動かす辺り、差出人は聞くまでもない。
「やぁマイフレンド……今日は一段といい顔をしているね」
「まぁね。それより悪いね毎日騒がしくて」
自分の席につけば、使用人がカレーライスを一皿置いてくれた。シバの家に来てからずっと、カレーは何らかの形で食卓に並んでいるのだがなかなかどうして飽きる事はない。今日はバターチキンカレーか、いいね。
「構わないさ、家が賑やかなのは良い事だからね」
シバの優雅な一言に救われる。イヴが来て以来迷惑しかかけてないからな。
「ちなみその賑やかな二人は?」
「先に学校に向かったよ。後で謝ったほうがいいんじゃないかな」
ため息が出る。まぁそうなんだろうけどさ。
「俺に落ち度が無いとは思うんだけどな……」
「そうかな、君の煮え切らない態度は中々罪深いとは思うけど」
その言葉に耳が痛む。けど本心はそんな所にありはしない。
「煮え切らないって言うか……」
正直な所学校に通えるだけで十分なのだ、俺は。今の生活には心の底から満足しているので、誰かと恋仲だどうだというのは二の次三の次というやつだ。
「その点僕は、今日はスジャータから手紙の返事が来て天にも登る心地と言うか? そうあえて言葉にするなら幸福という奴だね」
「へぇ、どんな内容?」
「おっといくら君とはいえ見せるわけにはいかないね、代わりにスジャータへの愛を丸一日かけて伝える事なら構わないが」
はいそうですかと言わない代わりに、カレーを胃袋に流し込む。いい加減ゆっくりするには無理のある時間だ。
「ごちそうさまでしたっと。今日も美味しいね」
手を合わせてそう答えれば、料理人が笑顔で皿を下げてくれた。そうだよなぁ、この人カレー褒めた時一番嬉しそうなんだよな。
「んじゃシバ、俺達もそろそろ行くか」
「ああ……」
気のない返事を応えてから、もう一度手紙を読んでニヤけるシバ。
「はぁ……スジャー」
「もういいから」
遅刻しちゃうから。
始業まであと少し、という所で教室の扉を開く。飛び込んできた光景は、悲しいかな今朝のそれと大差ないものだった。
「おうおうおう、ここはオレの席だってわかってんだろうな」
「ヤモリに座席なんて上等すぎるんじゃが?」
俺の席で言い合いをしているエルとイヴ。ちなみに二人が取り合う座席は当然のように俺の席だ。
「うわーまだやってる……」
ため息をついて頭を掻く。仲良くしろとは言わないけれど、もう少し仲良くしてくれれば嬉しいんだけど。
「うわーまだやってる、じゃないですよねアルくん」
「あ、おはようディアナ」
声をかけてくれたディアナに笑顔で朝の挨拶を返す。ディアナも笑顔だ。笑顔……だよね、なんか怖くない?
「おはようじゃないですよね」
「あ、こんばんわ……」
「そういう事だと本気で思ってますか?」
「はい……」
今のは俺が悪かったですね、仲裁しろって意味ですよね。
「あー君達、喧嘩はやめたまえ」
一つ咳払いして二人の間に割って入る。が、二人の鋭い視線と言葉が返ってくるだけだった。
「アル、今は黙ってろ。いい加減格の違いって奴を教えてやらねぇとな」
「はっ、珍しく気が合うではないか。妾も貴様の羽を毟って名実ともにヤモリにしてやりたいと思ってた所よ」
そして睨み合う二人。仕方ないね。
「ディアナさん、だめでした」
「もう少し粘って下さい……それにアルくん、確か大賢者様の生まれ変わり、みたいなものなんですよね?」
「いや、それはその……似たような物だけどさ」
腕を組みながら濁った言葉をディアナに返す。ここで彼女の言葉について補足でもしておこうか。
あの一件、クロード先生とマリオン元生徒会長の暴走が公にされる事は無かった。揉み消したという程でもないが、対外的に説明出来ないのも確かな事。そして何より俺が大賢者本人……というのが公表出来るはずもない。
学園長との会話についてはFランクの面々もあの場で聞いていたのだが、実はこの人伝説の大賢者なんですよ、というのが伝わる筈もない。というわけで俺の扱いは、大賢者の生まれ変わりという事で納得してもらった。まぁ説明しやすいからこれで良し。
ちなみに大賢者の頃の記憶は全然戻ってない。歯抜けというか都合の良い事しか覚えてないとか、そんな感じ。不便は無いから良いんだけどね。
「じゃあ、パパっと解決して下さい」
「はい」
ちなみに女性二人の仲裁をした記憶はない。なんて都合の悪い大賢者だこと。
「あー君達、もっと平和的な戦いをだね」
「平和ぁ? そいつはオレ達には似合わない言葉だな」
「全くだアルフレッドよ、これは生存競争だぞ?」
二回目、失敗。まぁわかってましたけれど。
「いや何かこう暴力的じゃなくてさ……」
「今日もうるさいなお前らは……ほら席に着け、ホームルーム始めるぞ」
と、ここで始業時間。ライラ先生が入ってくれば、諦めて各々の座席に腰を下ろす生徒達。
「と言っても、連絡事項なんてありませんよね?」
しかし朝のホームルーム、ほとんど話らしい話がないのも事実。というわけで思わず聞き返せば、先生もタバコに火を着けながら頷く。
「ああそうだな、強いて言えば」
それからゆっくり煙を吸い込む。タバコの先が真っ赤になって、ふぅと大きく吐き出した。ヤニ臭いです、先生。
「来週試験だな」
「なんだと」




