銀嶺の魔法 Ⅱ
「な……なんだよ」
「どうかしましたか?」
自分が今、どんな表情をしているかなんて分からない。
ただ。ただこの体が震える程の興奮を言葉に出来なかっただけだ…………
「どうなってんだよ、いったいッ………!!」
体が震えて止まらない……
全身を握られた後に解放されたような、あまりに激しい脱力感と共に来る衝撃と興奮が語彙力と意識を持っていきそうになってる。
「これが——————————……」
〝異世界〟
「ふぅ、落ち着て来た。取りあえずはだけど」
未だに体の震えを抑えれていないが、頭が冷えて来た。
「あ!そういえばここどこだ?」
「…………二女、ライラの自室で御座います。もうそろそろこちらに来る頃合いですので少々をお待ちを」
そういい一歩後ろに下がり照斗の視界から姿を消すメーレイン。
「あのよー、一ついいか?」
「何で御座いましょうか?」
「その敬語みたいなやつやめてくんねぇかな?何だかむず痒くて嫌だ。それにあんまり敬語ってものに慣れてないのがバレバレだしよ。普段通りでいこうぜ?」
「しかし——————————」
ドガァァァアン!!!!
「ん?」
ヒュンッっと風を切る音が聞こえたと同時に照斗の視界をドアが通過した。
「誰だ?私の部屋に勝手に上がり込んでる奴は…………」
声のする方を向くとまたしても表面積のない寒そうな恰好をした二女ライラが立っていた。
「あぁー俺だ。あとメーレイン」
「チッ……人間かよ。どうしたんですか?」
少し気怠そうに照斗を見つつ挨拶をするライラを見て少しだけ気持ちが悪くなる。
こんなに雑な話しの仕方はこの世にあるのだろうか…………
「お前に〝魔法〟ってやつを聞きに来たんだ」
あと敬語はいらねぇ。と付け足して返答を返すと、ライラは自室のベッドに向かって歩き始めた。
いやしかし……やっぱりきれい綺麗すぎる。
歩き方や佇まいからして雰囲気が違う。髪の毛の色は白に近い金だからか馴染めないし、顔立ちは可愛い部類の最上級ってやつなのだろう、日本ではまず見ない。
そして何と言ってもこの違和感…………やはりあまりにも綺麗すぎると受け取る感覚が微妙に違う。
「分かった、敬語がいらないなら話しやすい。魔法が知りたいなら街に降りるぞショート様、この国で生きていくための元となる力は全部魔力だからな。私も着替えるから少し待ってくれ」
「いやそこまでしなくていい、この国に本とかないのか?魔法についてだとか、種族に関してだとか、これまで人間が降りて来た歴史とか…………」
「あるにはあるけど読めんのか?言葉が通じてるからって読めるとは限らねぇだろ」
「いいから見せてくれ。話しはそれからでも出来るだろ」
「分かった、少し待ってろ」
この時の鬼道照斗という男ほど哀れな者はいないだろう…………
魔法というものを知って興奮が抑えることが出来なくなっていた状態な上に調子に乗っている。
後は恥をかくだけ——————————
◆
(よ…………、読めねぇッ!!!)
見たこともない文字の羅刹が目の前にあるだけ。
一体何が何だか分からなくなった頭の中は照斗よりも冷静で、
(てか、読めるわけねぇじゃん!何を調子に乗ってんだ俺は…………)
そう的確に指示してくる。
結論、何も分からない場所では調子に乗らないこと。という教訓を得た照斗であった。
「ん?どうした、読めないのか?」
「ショート様?」
ライラ、メーレインが照斗の顔を覗き込んでくる。
その表情が子供が見栄を張って失敗してしまった時の母親の表情に似ているように感じた照斗は何だか恥ずかしくなって、
「読めませんでした……」
顔を真っ赤にしてしまう。
「では、街に降りましょうか。ライラも用意をしていますし」
「よし行くか」
有無を言わさずに外に連れ出させることになった照斗は羞恥心のあまり二人の顔を見れなかった……
女性しか存在しない国〈アルヴィー〉
その真ん中に建てられる城の中心には様々な文化が発展していた。
魔法で食物を育てる施設。武具を鍛える店。戦闘を主に世界の情勢を学ぶ学校。
そのほとんどが魔法に精通しているらしい。
〈アルヴィー〉という国はそもそもが魔族側から取り零れた女神族ら作った場所らしい。
この国に住んでいる者は全員が不老不死、出生は不明で子供はいない。いや子供のような容姿をしていても中身は何百年も生きているという。
現在はこんなにも広い土地に住んでいるのに百に満たない人数が住んでいる。昔はもっといたらしいが戦争や他国の人攫いによって人数が減っていく一方だということ。
今じゃ歴戦練磨か戦いを味わったことのない素人しかいない弱小国家ということを苦しそうにメーレインとライラは言った。
なんだか城を出る前から色んなことを呟かれた故にこの二人と街を回るのが気まずくなってきた……
「な、なぁ……俺一人で回ってきてもいいか?」
取り敢えずこの場の空気が嫌だ……一人になりたい、というか一人にしてくれ。
「どうして?」
「また失敗するのが目に見えてますが?」
あれ?メーレインさん?敬語はいらないって言ってからまだ止めてないですけど、容赦がなくなったご様子で。まぁでも空気は戻ったか……
「もう失敗はしねぇっての。俺は一回した失敗はあまりしないように心がけてるから」
「そうでしたか。ま、ついて行きますけど」
「そもそも私らがいなかったらショート様は侵入者扱いでこの城の前に強制連行だぞ?しかも魔法でボコボコにされてから」
そんな事を言われてしまったらついてきて貰わざる負えない……
「なら、頼むからな」
二人を見ながらそう言うと心なしか嬉しそうに頷いてくれた。
「よし!まずは——————————」
「何をしているんだ?二人とも」
逸早く感づいたのはライラだった。
「お?シュテール姉さんか、今からショート様とライラで街にな。姉さんも行くか?」
どうやらこの寒そうな服はこの三人にとっての普段着らしい、こちら側で言ったら私服というやつだ。それにしても…………
(似ても似つかない姉妹だなぁ)
髪の色も肌の色も瞳の色まで一緒。全く何も知らない照斗からしたら〝姉妹には見える〟。
だがどこかが一緒なだけで、後は違う気がしてならない
「馬鹿者、ショート様の前では敬語でとあれほど言っただろうが…………」
頭を押さえながら残念そうに呟くシュテールを見るに姉妹なんだと思える。
(勘違い……なんだろうな)
「いや敬語はいらねぇって言ったのは俺なんだ、許してやってくれよシュテール」
「は!ショート様が仰るならば————で、ショート」
膝をついて命令を承諾したと思ったらすぐに空気が変わった。
何か怒っているようにも見えなくもないその表情を見て少し後ずさってしまう、その影響でかシュテールが一歩照斗に近づいた。
「朝食はしっかりと食べろ、そして残すな。たたでさえ自給自足なんだ残されては作ってくれた者に申し訳ないだろう?」
「あっ、そういえば朝食あったな。今あるか?」
「お前の部屋にある。要件は腹を満たしてからでもいいだろう?」
優しい笑みを浮かべながら言ってくるシュテールに照斗は頷く他なかった。
「で?ショートは何を知りたかったんだ?」
「魔法について」
朝食を昼になりそうな時間に食べながらシュテールの質問に返すと、
「そうか……でも、外に行くのはやめておけ。お前は民には秘密裡にここに連れて来たんだ、それに本なら腐る程ライラが持っている。字が読めないなら一から教えるし鍛錬がしたいなら付き合うぞ?」
またしてもこの母性。
もう何もかもを見透かされているらしい…………
「ならまずはここの文字から教えてくれ、修業はそれからだ。あとはここの歴史や伝説も聞きたい」
「よし。まずは朝食をしっかり取ってからだ、しかも慣れない場所のせいか寝れてないのだろう?少しは仮眠でもとったらどうだ。そうしたら丁度良く陽が落ちるくらいの時だろう」
「おう」
それから朝食を取り終えてソファで横になる。
まずはこれからのことを知るための準備をしなければならない。
急な転生だったがまさか本当に出来るとは思わなかった、そこは本当に要に感謝しなければならないところだ。
(最後に言ったあの言葉…………)
——————————〝俺らの世界を変えてくれや〟——————————
どういう意味があるのかはさっぱりだが、きっとあれは…………——————————