銀嶺の魔法 序章
あぁ………体が重い……
ん…………何か音が——————————
「お、目が覚めたかい?」
瞼を開くのが億劫だ……適当に返しとくか、
「まぁな」
「おぉ!もう声が出るのか、これは凄まじい回復力だ」
まぁまぁ変な喋り方だなこの人、試しに——————————ん?
「起き上がるのはまだ早いよ。もう少し安静にしていなさいな」
いやに耳に刺さるその柔らかい声で眠気が襲ってくる。
「まだ………まだもう少し。そしたら君の念願が叶う…………」
フワッと体の内側から舞う風が髪を揺らし、上体に暖かい何かが覆いかぶさった。
◆
「…………んぅ、地面?」
頬に当たる砂利の感触がぼやけている視界を目覚めさせ、脳を起こしていく。
「ハハッ………マジかあいつ」
ビルの屋上から飛び降り激痛を伴う暇もなく意識を持ってかれたあの記憶はしっかりと残ったまま、それなのに体への違和感は皆無。むしろ絶好調と言っても過言ではないだろう。
「とうとう来たな………このときが」
ゆっくりと立ち上がり体に張り付くようについた砂利を払った。
視界は良好、今まで見たこともないような景色が広がっている。
真っ赤な〝満月〟に照らされる生い茂った木々の向こうに見える城壁のようなものは、改めて《異世界》に来たんだぞと言われんばかりの興奮を憶えさせる。
一歩、一歩踏み出せば、未だ誰も経験したことがないような世界が広がっていると思った——————————その時だった。
まるで肩を叩かれた時のように自然と後ろを振り返る。
「おぉ…………これが異世界ってやつかよ」
それは異形の存在。
両目の大きさには激しく誤差があり、片目は鼠のように小さいのにもう片方の瞳は蛙のように飛び出ている目。体は鱗を纏った猫のような姿勢。口は鋭い牙が疎らに育った犬の形。
まぁ、まとめるならば「キモい」の一言だ。
しかもそれが複数体、照斗の周りを囲むように動き出した。
「いいねぇ、こういうのを待ってたんだよ俺は」
本当に、全く力を持っていない状況での異世界攻略。これほど体験したかったことはない。
武器は拳。攻撃力的に例えても本当に攻撃力があるのかは知らない。まだ何も試していないなかでの突然の戦闘…………まさに《異世界転生》らしい状況。
考えれば考える程に口角が上がっていく。
「ここに美女がいれば更に在り来たりな展開なんだけど夜だしな…………いるわけないか」
手を一回強く握り力の抜けるままに徐々に開いて行くと筋肉の緊張が解れていくのを感じる。冷汗はこの際ふき取らなくてもいい、この緊張感を感じていたいから…………
「俺には知識がないから取り敢えずは後の先を取る様に動きつつだな」
三歩ほど後ろに下がり目の前にいる異形の姿を視界にいれる。
重心は前へ、姿勢は低めに、踵を少し浮かせより反射的に動けるように、拳は作らずに少し握るように、首から上は動かすことなく上体だけを少し半身にする。
「あぁ、やべぇ。怖くなってきたな」
「「「■■■■■■■■■■■ッッーーー!!!」」」
「うぉ!!」
照斗が臨戦態勢を取り終えるとその異形は高らかに吠え、更に一歩下がってしまう。
そしてその一歩下がった〝瞬間〟に正面の一匹が飛翔にも等しい跳躍をし襲い掛かってくる。
その姿はあまりにもスローモーションに見える。
(あ…………この現象)
ビルの屋上から飛び降りた時に感じたあの感じだ。
まるで恐怖を少しでも遠く、遅く感じたいから起きていたようなあの現象。
(死……——————————!!!)
バチィィィィイ——————————
「■■■■■■■ッ!?」
何か〝見えない壁〟に当たり弾き飛ばされた異形の体から白い煙が噴き出している。
「は?」
森の中から四匹程現れ、怯えるように照斗を見ながら走り去っていった。
全く脳内では解決出来ないまま緊張感からの解放で力が抜ける。
「やっぱ、改めて目の前にすると怖いのなんのって…………」
自分自身に苦笑しながら地面に尻をつき、背にある真っ赤に輝く満月を見た。
「あんときと一緒やわ、ホントに…………」
あんなに意気込んで《異世界》に来れたのに訳の分からない障壁に守られ無様な姿を晒していることは別に気にならない程度には恐怖を味わった。
未だに足は震えてるし、手汗だけで泥団子を作れるほど手汗をかいている。
「ふぅ…………——————————これは楽しいわ」
これからは強くなることだけを考えよう。
拳はダメかもしれない、銃も良いし、剣も良いし、槍もいい…………魔法とかも練習すればいける可能性がある。
あぁ、もう無限。この世界は無限過ぎてやりたいことが多すぎる。
「取り敢えずはあの城に向かうかな」
体も冷え始めた頃、金も何も無いがこんな化け物が出て来るような場所で一晩過ごすよりかは安心だろうと思い立ち上がると、たった今目標となった城の城壁から三つの光の軌道が見たことも無い程の速さでこちらに向かってくるのが見えた。
「はぁ…………次から次へと問題が起こるなー」
そんな悠長な呟きが言い終わると同時に三つの光が照斗を囲むように降り立った。
白に近い銀の髪を揺らしながら降り立った三つの人らしき姿。
「何者だ、貴様」
言葉は日本語か…………なんか不思議な気分だ。
「俺は鬼道照斗。あんたらは?」
あまりにも自然に返した来たことに驚いたのか、はたまた自分らと同じ言語で帰って来たのに驚いたのかは知らないが少し眉を上げながら怪しげに睨む三人の美女——————————いや美女という枠にいれるのすら烏滸がましいとまで思える女性ら。
肌はシルクのように白く、瞳はサファイアのように青い、それでいて美しい。三十五億人の女性と見比べてもここまで顔立ちの良い人はいないとまで思わせる存在。
心の中で名前も知らない三人に自分の知っている女性と比べて申し訳ないと謝罪しておく。
「私たちのことはどうでもいいことだ。してショートと言ったか?貴様の種族は何だ」
緊張からか急に心臓が締め付けられた。
三人の視線がどうも感じ取ったことのある感覚にソックリだったからだ。
多分この目は…………
「種族とかは全く知らんが、俺はただの人間だぞ?」
何かを期待している目だ。
死ぬ前にビルの立ち入り禁止区域を乗り越え屋上に立った時に要と話した時の見たそれとソックリだ。
「人間?それは嘘偽りがないか?ショート」
「それ以外に何に見えるってんだよ。他に答えることないぜ」
肩をすくめ溜め息を零してしまった。
だが、対する三人組の態度は高圧的なものから一変した。
地に膝をつき頭を垂れたのだ。
「申し訳ありませんでした、ショート様。先の無礼をどうかお許しください!!」
「——————————いや、なに?突然」
「もっとも神に近しい種族である人間様に私は何て口の利き方を…………どうか、どうかお許しください」
もう何が何だか分からない。
人間が神に近しい種族?もう、意味が分からない。
「まず立とうよ、んで名前を教えてくんねぇ?」
「「「はっ!!」」」
右から視線を合わせると一人だけショートカットの子から自己紹介が始まっていった。
「三女の女神が一人、三女のメーレイン・バーンレスクで御座います」
「同じく一女のシュテール・バーンレスクと申します」
「同じく二女のライラ・バーンレスクです」
「んじゃ、レインさんにシュテールさんにライラさんでいいね。とにかく色々聞かせてくれ。今さっきここに来たから何も情報がないんだ」
「それでは我が国家へと参りましょう。お連れします」
赤い月を背に三人の美女と一人の少年は、目の前にそびえ立つ城へと向かって歩いて行った。