世界が変わった日は月が紅かった
何か書いちゃった
ある日の学校の朝。
教室にはいつもと同じようにグループに分かれて不特定多数の楽しそうな声で賑わっていた。
女子は声が小さくて聞き取りにくいが、男子は決まって同じ話題をしていた。
「異世界転生」
についてだ。
自分が転生したらどんな能力が欲しい?
ハーレムは欲しい。
何でも一撃で倒せる能力。
魔剣か聖剣が欲しい。
人を操る能力が欲しい。
時を止めたい。
最強の使い魔が欲しい。
高校生活一年目の今となっても尚、入学当初から華を咲かせている。
「お前は何が欲しい?鬼道」
本当に飽きないなーなんて思いながらも、語っている目の前の親友。
まぁ、結局は語り合ってしまう俺であるわけだけど。
「俺は転生出来ればそれでいいや、特に欲しい力とか能力はないな」
「マジかよ!!そりゃ勿体ねぇぜ?」
俺だったら…………と続けて話し始めるのは入学当初から席がとなりの親友の斎藤要。
高校デビューに失敗しオタクたちの仲間入りを果たした哀れな男だ。
「てか、もうその話しはいいだろ?どうせ転生なんて出来やしねぇんだし」
「んだよ。夢がねぇなお前は……、妄想くらいさせてくれてもいいだろ?」
「ここ一年以上この話しなんけど?そろそろ違う話題に移り替わっても良い時期だと俺は思うがね」
「んじゃぁさ。転生出来るか試さね?」
始まったよ……この気味の悪い笑顔。
時々こんな風におかしな事を言ってくるのが要の好きな所でもある。
そしてこの異常な試みに笑みに対し首を縦に振る自分も…………
「いいぜ?」
大好きだった。
◆
異世界転生モノのライトノベルや漫画といったものは大半が不慮の事故とか神様が間違って殺めてしまうパターンが多い。
突然の死が訪れた時にだけ転生させて貰えるのだ。
だが今から試そうとしているのは誰が何と言おうが自殺以外の何物でもない。
なんせ立ち入り禁止のマンションの屋上に立っているのだから…………
「怖くなってきたか?鬼道」
「いや全く」
今の時間帯は真夜中。
信号機も点滅を始め、外灯なんて道しか照らしていない。
そして嫌に月が赤い。
「んじゃ二人で飛び降りるか」
「そうだな……でも一緒のタイミングでも転生って出来るもんなのか?」
「知らん。でも転生するならお前とが良い」
「ホモホモしいな要さんよ」
二人共恰好が似たり寄ったりのぶかぶかのスウェットに風呂上りの少し湿った髪。
「しかし、やっぱ春でも夜は寒いな要…………」
「お?どうした鬼道。やけにしんみりした雰囲気じゃねぇの」
「いや。最後にお前に教えてやるよ、俺が異世界に転生してやりたいこと———————」
耳元で夜風が横切る音が響く。
「聞かせてくれや」
要は耳に響いた夜風の音を振り払うように頭を振り、ついでに目元までかかる赤茶長い前髪を掻き上げる。
「この世界じゃ歩めない修羅の道を進みたい…………みんな仲良しとか、最初に出会う少女がヒロインだとか、最強のうんたらを手に入れるとか正直どうでもいい。自分が本気でやればどこまでも強くなれる世界が目の前にあるのにのつまんねぇだろ?ラノベとかでよくあるよな……最弱の最強とか、異世界転生したらチートの能力手に入れたとか——————————くだらねぇ」
あまりに下らなそうに吐き捨てる鬼道照斗の瞳は輝いていた。
決して楽しそうな声音ではないが表情がモノがっている…………
「チート能力をも凌駕するほどの力を手に入れるまで死線を彷徨って、挙句の果てにはただ一人……俺だけが残ってその世界を崩壊させるくらいまでのエンディングストーリーを歩んでみてぇな」
こんな気が狂ってる妄想を聞いたあとの親友がどんな表情をしているか気になり隣を半目で覗き込む。
「ははっ!」
今きっと自分の口角は上がっているだろう。数々のラノベを読み妄想を膨らませ一年間以上ものほとんど同じ会話を繰り返した挙句に辿り着いた答えを初めて口に出したんだから。
笑って貰っても構わない。
「おかしいだろうなぁ、この思考は」
「いやいや〝逆〟だよ鬼道」
いつの間にか耳とで声が聞こえ肩を組まれていた。
「んだよ、音もなく」
特に焦ることなく組まれた腕を離そうとしたら、
「その反応もいいな、決めた」
「は?何を——————————」
体がマンションの屋上から投げ出されていた。
「いくぞ異世界に、楽しみなんだろ?」
「まぁな」
「俺がお前を選んだんだ。〝俺らの世界を変えてくれや〟」
最後に聞こえたのはそんな親友の言葉…………
その後急激に加速を始める体
「死んだなこりゃ……」
人生で味わうことのない衝撃を味わい、空に浮かぶ深紅の月が更に深い赤で埋め尽くされた……