占いの館
読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ですが書けるところまで書いていきますのでよろしくお願いいたします。
世界を救うには世界を知らなければならない。
俺は自由に動けるようになってからすぐに調査を開始した。
流石に幼子が一人で外を歩くわけにはいかなかったのでシエラに散歩をせがんだ。
世界を観察すればするほど少年のころ読んだおとぎ話に入り込んだような気分になる。
電気は無い、車も走って無い、船は帆船で、服は全て手縫いだ。
文明がざっと1000年はずれていると思う。
しかも魔法が存在すると来た。
これはもうおとぎ話としか言いようがない。
さらに住人には普通の人間がいない。
耳が長かったり、猫耳を生やしていたり、鼻が長い、エラがある、翼で空を飛ぶなど多くの種族が存在する。
「どーして僕とおかーさんはユーリ姉と違うの?」
無邪気を装って聞いたことがある。
「神様がね、いろんな人を作ったからだよ。」
ユーリは即答だった。
そういう伝承が昔から語り継がれているようだ。
「僕みたいな人もいるの?」
「王都に住んでいる英雄がロウちゃんと同じノーマルだって話は聞いたことあるわ。大きな悪い奴を倒してくれたんだって。」
どうやらノーマルは存在するらしい。
20年ほど前に突然現れ、湖の大型魔物を倒した功績から英雄と呼ばれるようになったらしい。
今では王都の要職に就いているということだった。
いつか会いに行くのもありかもしれない。
リンゼイの占いの館は町の中心部にある大きな屋敷である。
「ようこそ。シエラ様、ロウド様、我が主リンゼイより伺っております。こちらへどうぞ。」
約束の時間に門を叩くと猫耳のメイドが丁寧に迎えてくれた。
マーカス亭とは全く異なる高級な雰囲気に何度来ても緊張してしまう。
前を歩くシエラも同じなのだろう、動きがぎこちなく見える。
「こちらの部屋です。リンゼイ様、シエラ様とロウド様をお連れしました。」
「はーい。どうぞ。」
メイドが大きな扉をノックし、返事を確認してから扉を開ける。
「シエラ・サージです。本日はお招きありがとうございます。」
シエラが一歩部屋に入り、スカートのすそを軽くつまみ膝を曲げて会釈をする。
「ロウド・サージです。お招きありがとうございます。」
ロウドは右手を胸に軽く当て、会釈をする。
「はい。来てくれてありがとう。リンゼイ・トートの館へようこそ。寛いでいってくださいね。」
リンゼイはシエラと同じ礼で返す。
「ちょっと息子を呼んできてくれるから?」
「かしこまりました。」
リンゼイが案内してくれたメイドに指示する。
メイドは音もなく扉を閉めて退室した。
「さぁさぁ、そのソファーに座って頂戴な。今、お茶を用意しますからねぇ。」
ソファーに座り、室内を見渡す。
床は赤と紫、金で彩られた高級そうな絨毯、壁には金の縁の絵画が所狭しと並んでいる。
窓からは柔らかい日の光と心地よい風が入り込み、室内を満たしている。
部屋の中央には白い石のテーブル、並んでいるソファはフカフカで高級なことがすぐにわかる。
奥には暖炉が鎮座しており、火は入っていないが高級感をこの部屋に与えている。
「何度来ても素晴らしい部屋ですね。」
ロウドは思わず感想を述べる。
「あら。そう言ってくれると嬉しいわ、息子は全く興味を示さなくてねぇ。ギラギラして不気味とか言うのよ。はい、クーリンの一番良い紅茶よ」
「ありがとうございます。こういった芸術的な分野は学ぶ機会が少ないのにもったいないですね。」
「本当にロウちゃんは4歳なのかしら?疑いたくなるわねぇ。ねぇシエラ、この子にいったいどういう教育しているのよ。」
お茶の香りを楽しんでいるシエラに話が振られた。
「い、いやぁ。私は特に何も教えてないんですよ。本を与えていたらいつの間にって感じです。あ、でも散歩はよくしていました。もっと甘えてくれないかなと思うんですけどね。親離れが早すぎてもう何が何やらですよ。子育てってこんなに簡単なものなんですかね。」
「そんなわけないじゃない。うちの息子なんて……」
母親2人の子育て談議が始まった。
簡単な子育て。
まぁその通りだろう、基本的にシエラには迷惑をかけないように生活をしている。
歩けるようになってからは自分でトイレに行くし、飯で遊ばないし、大騒ぎもしない。
確かに手のかからない子供だな。
演技するのもおかしいので早々に子供らしさは捨ててしまっていたように思う。
59歳にもなって若い女性におしめを替えられるとか心が死ぬよね。
ガチャリ
2人の談義をボーっと聞いているとノックもなしに誰かが入ってきた。
「こら‼入るときはノックしなさいと何度も言っているでしょう‼」
「えぇ。呼び出したの母さんじゃんかぁ。俺明日の支度で忙しいんだけど………ってなんでロウがここにいるんだ!?」
赤い猫耳と尻尾のカルゼイだった。
「なぁんだぁ。2人とも友達だったのねぇ。全然知らなかったわ。」
「はい一年くらい前からですね。いつも息子さんにはお世話になっております。」
「カルゼイがお世話されてるの間違いじゃなくて?ロウちゃんと遊ぶために朝早く出かけていたなんて知らなかったわねぇ。」
遊んでいたわけではないが……。
カルゼイはリンゼイの隣にちょこんと座っている。
借りてきた猫みたいにおとなしい。
「なんだって、ロウが……。なんで……。」
まだ衝撃から返ってきていないようだ。
そんなに自分の家族を知られたくないものかな。
思春期だろうか。
もしかしたら今夜の壮行会のことも言ってないかもしれない。
「リンゼイさんもしかして今日の壮行会の話って聞いてますか?カルゼイ君に親御さんも呼んでねって言ってあったんですけど。」
「え?夕食は食べてくるってことしか聞いてないけど………カルゼイ?」
シエラが普通に聞いてしまった。リンゼイの顔が急に怖くなる。
「言……って…ません。ごめんなさい。」
恐る恐る謝るカルゼイ。怒られる寸前の絶望的な顔をしている。
「はぁ………まぁいいわ、今言いなさい。」
リンゼイがすぐに許してカルゼイに話を促す。
カルゼイが拍子抜けした顔で今夜マーカス亭に招かれていること、リンゼイには言わず1人で行こうとしていたことを告げる。
リンゼイは妙にやさしい声でじゃあ今から準備しましょうねぇとメイドを呼び、いくつか指示を出した。
「さぁ、とりあえず。お昼にしましょうか。そのあとはちょっと二人とも視てあげるわ。せっかく来たのだし私の占い聞いていかない?」
「いいんですか?お金ないんですけど……。」
リンゼイの提案にシエラが驚いている。
それはそうだろう、リンゼイの占いの館は超高級店なのだ。
小属性の一つである視を使った正真正銘の未来視と過去視を使った占いは精度が高い。
政治や商売、犯罪の解明などに利用され、戦略的に重要なので悪用されないよう国家や権力者に保護されている。
しかも相当の魔力を消費するので1日に一回未来視ができれば超優秀といわれるほどなのだ。
「いいわよぉ。最近客もいないし、何よりも私があなた達に興味があるのよ」
神の先兵たる自分としてはあまり興味を持たれるのはまずい気がする。
昼食は素晴らしかった。スープ、前菜に始まり魚料理、肉料理、メインディッシュ、デザートと前世で食べたフランス料理のフルコースのようで少し懐かしかった。
テンション高めに料理を絶賛すると、カルゼイが得意げに料理の説明をしてくれた。
自分の家の食事が褒められたことがうれしかったのだろうか。
それにしてもかなり詳しく解説してくれるので料理が好きなのかもしれない。
友人の意外な一面を見れた。
ワイワイ話している息子達そっちのけで母親たちも育児談義に花を咲かせている。
「さて、さっそく始めましょうね。」
リンゼイが食器の片付けられたテーブルに大きな透明な球と魔法陣の書かれた大きな布を持ってきた。
サッカーボールサイズの水晶玉に見えるがいくら何でも大きすぎるだろう。
まさか…。
「リンゼイさんもしかしてこれ魔力石ですか?」
聞きたいことをシエラが聞いてくれた。
「そうよ。これが私の商売道具、1級の魔力石よ。全部使えば大体10年くらいの未来と過去が視れるわ。」
未来視、過去視は視る対象の時間が離れるほど大きな魔力を消費すると本で読んだことはあった。
しかしこれほどまでとは…毎晩作る俺の魔力石と比べると直径1.5㎝のビー玉と直径20㎝の球の体積比でざっと2300倍かな。
もうこれだけでとんでもない力である。
「じゃあさっそく見るわね流石にこれ全部使っちゃうと国王に怒られるから二人の1年後くらいを見ましょうね。」
あまりのインフレ具合に呆けているロウドにリンゼイは手をかざし、テーブルの魔法陣の上に巨大魔力石を置く。
すると、魔法陣が一瞬強烈な光を放ち、上に乗せた魔力石が消えた。
「は!?」
大魔力がいきなり消失するのを見て、思わずロウドは声を挙げてしまった。
リンゼイを見ると白目で泡を吹いて痙攣している。
「えっ、え?」
「母さん‼どうした‼」
困惑するシエラとロウドを尻目に、離れて占いを見ていたカルゼイが慌てて駆け寄る。
バン
部屋の扉が開いて猫耳のメイドが2人何事かと駆け込んでくる。
すぐに何かを察したのか1人が部屋を走り出てもう1人はリンゼイに駆け寄り診察を始める。
瞳孔、呼吸、脈を確認。
「リンゼイ様を寝かせます。カルゼイ坊ちゃまはテーブルを片付けて、シエラ様は手をお貸しください。」
メイドがテキパキと指示を出す。
カルゼイが泣きそうな顔で魔法陣をどかして場所を開ける。
ロウドは邪魔にならないように部屋の隅に移動した。
さすがにこういった状況で幼児は邪魔なだけだろう。
ただ、情報取集のため小声で魔法を発動する。
「――視よ。我が目にマナを映せ。――」
リンゼイの体内マナに大きな乱れはなくゆっくりと循環しているのが見える。
特に魔法の暴走ということではないようだ。
ということは未来視した内容が問題だったのか?
シエラとメイドがリンゼイを横向きに寝かせる。
「シエラ様、カルゼイ坊ちゃま、リンゼイ様に声を掛け続けてください。私は治癒魔法を。」
2人が肩を叩きながら声を掛けている脇でメイドが詠唱を開始した。
初めて聞く詠唱だが水系の治癒魔法だ。
バン
扉が開き猫耳のメイド2人が大きな鞄と白衣を着た蛇人の女性を連れてきた。
「キリ、容体は?」
蛇人の女性は治癒魔法を使っているメイドに聞く。
「レベル4です。呼吸、脈拍正常、意識なし、治癒魔法を1度使用、改善なし。」
「4!?リンゼイは何を見たんだ。」
「ロウドの一年後を見ようとしたら1級魔力石が消えたんだ。」
蛇人の女性の質問にカルゼイが泣きながら答える。
「1級!?そりゃあすごいお客だね。カル坊大丈夫だ。安心しな、私に直せない病気は無いからね。」
蛇人の女性はカルゼイの背中を軽く叩き、大きな鞄から巻物を取り出す。
魔法陣だ、幻系の魔法のようだが効果は複雑すぎて全く分からない。
「先生、2度目の治癒も効果なしです。陣を引きますか?」
やはり蛇人は医者のようだ、キリと呼ばれたメイドが先生と呼んだ。
「そうだね。下に陣を引くからリンゼイを持ち上げな。」
メイドが3人でリンゼイを軽く浮かし、医者が魔法陣を引く。
その上にリンゼイが慎重に横たえられる。
医者は鞄からビー玉サイズの魔力石を数個取り出し魔法陣に乗せる。
「始めるよ。」
医者が魔法陣に触れ属性を流し込むと魔法陣が光った。
するとリンゼイがもぞもぞ動き出した。
「う……うう。あーやってしまった。予想してなかったな……。ごめんごめんどれくらい意識飛んでいたかな…………。」
ゆっくりと起き上がり、妙に人が多いことに気付くとパッと周囲を確認した。
「母さん。大丈夫?」
カルゼイがそばによってリンゼイに抱き着く。
「大丈夫よ、もう平気。カルゼイ、心配かけてごめんね。お母さんどれくらい気絶してたのかしら。」
カルゼイの不安な顔を見てまずい状況であったのだとシエラとロウドは察する。
リンゼイは声を挙げて泣き始めたカルゼイを抱きしめて頭を撫でる。
「7分ほどでございますリンゼイ様。」
キリがリンゼイに応える。
「そう。シエラ、ロウちゃんびっくりさせちゃってごめんなさいね、よくあることなのよ。」
「リンゼイよ。お客人は私が対応するから今日は休みな。」
医者がリンゼイを制して告げる。
「アジー、ありがとう。シエラ、ロウちゃん今日はごめんなさい、ここで失礼するわ。また来て頂戴ね。すぐに回復するから夜にはマーカス亭にお邪魔するわ。」
リンゼイはメイド2人とカルゼイに連れられて部屋を出ていった。
俺の未来にいったい何があったんだ。