剣術と魔法
意外と読んでくれる方はいらっしゃるんですね。
ありがとうございます。
転生してから4年経っている。
まだ俺は何も行動できずにいた。
あの神の使いとやらは世界を救えと言った。
確かに代償としては妥当だ。
家族と世界など比べるまでもない。
だが俺は1人のちっぽけな人間だ。
途方もない要求に呆然とするだけだった。
生まれてからの半年間考え続けた。
救世とは何か。
世界とは何か。
神とやらは俺に何をしてほしいのか。
何も答えは出なかった。
ただ、確定的なことが3つある。
1つ目は情報の不足。
天使は俺なりの救い方をしろと言っていた。
この世界をどう救うべきなのか俺にはまだわからない。
世界がどんな形なのかも分からないからだ。
分からないならば分かればよい。
分かるまで知り続ければ良いのだ。
世界を知ることで救い方も分かるはずだ。
2つ目は力が必要であること。
力はどんな力でもいい。
暴力、金、権力、地位、知恵どれでもいい。
世界を知り、世界を救うには誰にも負けない力が必要だ。
3つ目は1人だけでは到底成し得ないということだ。
どんな力があっても、どれだけ一番になってもそれを理解してくれる人、協力してくれる人がいなければ意味がない。
沢山の人々に支持されなければ世界を救ったことにはならないだろう。
この3つは一朝一夕にはできない。
長い時間をかけて少しずつ積み上げていくことになるだろう。
それこそ一生分の時間が必要になる。
まずは未来のための貯蓄をしていこう。
カーン、カッカッ、カッカッカン
木のぶつかる音が響く。
マーカス亭の庭で木剣を振るう少年と壮年の男がいた。
少年は当然ながら転生者ロウド・サージである。
壮年の男はマーカス亭の店主ユースウェル・マーカスだ。
2人ともあまり力を感じさせない軽さで木製の剣を振るう。
朝の鍛錬の後、ロウドは元A級冒険者のユースウェルに剣の稽古をつけてもらっている。
ロウドの袈裟懸けに対し、ユースウェルはステップで剣をかわす。
袈裟懸けが流れたところに鋭い突きを入れるユースウェル。
ロウドは上体を大きく引き、突きに対して下から逆袈裟懸けで剣を弾く。
斬って、かわして、受けて、また斬る。
互いに譲らない攻防を繰り返している。
ロウドは軍人時代の剣術をそのまま使っている。
敵を殺すための術である。
型としては敵の硬い鎧や装甲ごと中身を切り裂くため、叩き切るのではなく撫で切る感覚を重視している。
本来は剣ではなく刀の術だがこの世界ではまだ刀に出会っていないので剣を使っている。
対してユースウェルはアルガード王国に伝わる剣術の1つ、対魔物魔族用の剣術を使う。
危険な国境外で生き残るための術だ。
皮膚の堅い魔物達は刃が通らない箇所が多いので柔らかい急所を斬らなければならない。
そのため大振りはほぼ無し、小振りの突き中心の剣術だ。
足捌き、身体捌き、剣捌きで相手の攻撃を回避し、隙を見つけると確実に急所に打ち込む、小さな傷を何度も与えるのだ。
「全く、本当にノーマルの成長は早いな。始めのうちは俺のフェイントに引っかかっていたもんだがなぁ。1年で全部受け流されるようになっちまった。どこでそんな剣術身に付けたんだか。」
三連突きを完全にいなされ、ロウドのカウンターをギリギリで回避したユースウェルがぼやく。
「いえいえ、ユースウェルさんのご指導の賜物ですよ。いつも付き合ってくださってありがとうございます。」
「ふん。そういわれると悪い気はしないな。でも、ま」
カウンターを回避されたのでロウドは切り払いで間合いを調整し、仕切り直しを図る。
しかし、ユースウェルはロウドの切り払いを潜って懐に踏み込み、剣本体を狙った突きを入れる。
今までユースウェルが見せなかった技にロウドの対応が遅れる。
カーン
木と木のぶつかるいい音がしてロウドの木剣が地面に落ちる。
「まだまだだな、精進しろロウド。」
「参りました。魔物用の剣術には武器破壊もあるんですか、予想外です。」
「まぁ、そういうこった。魔物じゃなくて魔族用だ、やつらには武器使いもいるからな。とはいえこれで俺の手の内はすべてさらしちまった。もう俺との鍛錬は終わりだな。ロウ、お前はA級冒険者並みの剣術使いだ。後は身体がでっかくなれば十分国境外でも使い物になるぞ。」
ニヤリと笑いながらながらロウドの頭を撫でる。
「ありがとうございました。これからも剣の道を究めていきたいと思います。とりあえずは来月の剣術大会にでも出ようかなと。」
頭をグシャグシャ撫でられながら返事するロウド。
「あ?早すぎないか?」
「A級冒険者からお墨付きもいただきましたし、挑戦したいんです。」
驚くユースウェルににっこりと笑うロウド。
「いやでも待て、4歳の出場者なんて聞いたことないぞ。」
「出場条件は無いですし大丈夫かと。問題は力が足りないことですが、それは魔法でカバーします。まずは土系で硬度と重量を増します。それから空気系で速度を得る、あとは………。」
淡々と対応策を述べていくロウドを見て、ユースウェルはこれは止められないなと諦める。
メモを取り出してとある人物への紹介状をしたためる。
「わーった、わーった。じゃあとりあえずお前はここに行け。」
メモには町外れの住所とユースウェルの署名がされていた。
「これは?」
「大会に出るなら専用の剣がいるだろ。そこで買ってこい、人気の高級工房だが、うちの店にツケがあるから融通を利かせてくれるはずだ。俺も冒険者時代に世話になった。」
「ありがとうございます。明日にでも行ってみます。」
「おう。ちゃんとしたのを買えよ。ボロボロでも魔法で強化すればとか考えんな。試合用に刃引きされていても剣は剣士の命だからな。」
「はい、心得てます。」
にっこり笑って返事をするロウドに、一抹の不安を感じるユースウェルだった。
剣で汗を流した後は魔法の鍛練だ。
毎晩やっている魔力石精製とは異なり、実際に魔法を発生させる鍛練をする。
「――土よ形成せよ。我が的となりし土の人形を‼――」
地面に当てた手の下からモコモコと土が盛り上がり、自分の身長と同じ程度の人形が作られた。
魔法の詠唱はそう難しくはない。
どの属性で何をしたいかを述べれば後はしっかりと結果をイメージし続ける。
すると込めた魔力に応じて結果が魔法として発現するのだ。
「――土の人形よ来い‼――」
続いては省略詠唱をする。
魔法を発現する方法は幾つかの種類がある、省略詠唱はその一つだ。
誰かが見つけた詠唱句を発言して一定以上の魔力と属性を込めれば誰が発動しても同じ結果が得られる。
魔力と属性の消費量は多くなるが発動が早く、どんな下手くそでも発動出来る優れものである。
マーカス亭の庭の隅に的となる土塊を作ったロウドはそこから少し離れて地面に円とその周囲に文字を書いていく。
魔法陣だ、これも魔法を発現する方法の一つだ。
円を基本に幾何学的な模様を描き、そこに発現したい魔法を文字で詳しく表現する。
魔法陣は起動範囲内に必要な魔力と属性を供給すると魔法陣に書かれた通りに魔法が発現する。
準備に時間はかかるが魔法への自由度が最も高く魔力消費もさほど大きくない。
魔法陣を書き終えるたロウドは2つの土塊へ向き合う。
ピンッ
手に持ったコインを宙に弾くと同時に詠唱を開始する。
「――火の玉よ飛べ‼――」
省略詠唱で火の玉が形成され、土塊の1つを襲う。
「――空気よ燃やせ‼我が標的の火を拡大せよ‼――」
今度は通常詠唱だ。空気が動いてファイアボールの効果範囲を広げる。
大きな火の手が上がったマーカス亭の庭が明るくなる。
即座に透明な小さい魔力石と青色の属性石を魔法陣に落として踏み砕いた。
魔法陣が一瞬光ると同時に土塊の上から水が落ち、燃え上がった火を鎮火する。
パシィ
落ちてきたコインをキャッチして魔法の基本演習は終了だ。
「相変わらず早業ね。魔法の同時発現も安定してるわ。」
いつの間に見られていたのか、マーカス亭の看板娘ユーリ・マーカスが庭に降りてきた。
「四大属性だけですよ。小属性を内部回路で発現させるのはまだまだ時間がかかります。」
この世界の魔法は体内のマナを魔力として魔法式に通すことで発生する。
四大属性、火、空気、水、土は全てのマナに含まれる成分で、誰もがちょっと学べば使える属性なのだ。
小属性もマナに含まれる属性の一種だが、含有割合が少ないため使える人は少ない。
「私は魔法の同時発現すら出来ないわよ。ほぼ独学で詠唱も陣もマスターする人は聞いたことないわ。」
「基礎はユーリ姉に教わりましたよ。今は本に書いてあることを実践しているだけです。難しいですが、時間をかければ誰でも習得できます。」
「…………教え子のほうが上手いのは嫌なものね。」
もともと魔法の基礎を教えてくれたのは彼女だ。
前の世界に存在しなかったモノは本を読んでも全く理解できなかった。
魔導書を見ながら首をひねっているとユーリはよく手本を見せて解説してくれた。
彼女のおかげで魔法習得は捗った。
もうすでに俺の魔法は彼女の実力は抜いてしまっているが今でも朝の鍛錬は見てくれる。
子供が魔法を使うのは心配だかららしい。
これで毎日の日課は終了だ。
とにかくコツコツやっていくしかない。