転生先は
転生から少し時間がたっています
「いらっしゃいませー‼」
甲高い女性の声がホールに響く。一拍おいて他の店員も同じ挨拶を繰り返す。
にぎやかな酒場だ、夕食時で客も多く、店員はあちこち走り回っている。
身長140㎝位の小柄な女性と180㎝位の長身の女性が給仕の格好で接客をしている。
「はい‼7卓鳥串盛り合わせ上がったよー‼」
「あがったよー‼」
厨房から料理が出てくると受け取った店員が掛け声をだす、すると他の店員も呼応する。客側もそれを聞いてやれ俺のテーブルだ、こっちが先だなどと反応する。
様々な声がこの店の雰囲気を作り出していた。酒場の名前はマーカス亭、漁業の町パーセルの人気酒場の1つだ。
「オーダー入りまーす。ハンガーマスの酒蒸し、グリ貝のスープ2つ、針イカの沖漬けでーす。」
「あいよー」
オーダーを入れたのは長身の女性だ。
灰色で滑らかな肌、少し離れた目、低い鼻、首筋にパクパクと開く切れ込み、種族は魚人だ。
名前をユーリ・マーカスと言う、年齢は18歳、このマーカス亭の看板娘だ。
愛想がよく、よく通るきれいな声で常連のおっさん連中の人気者だ。
対して、厨房で応答したのは同じ魚人でユーリの兄ユーゴー・マーカス、年齢は20歳。
妹と同じ長身、水泳で鍛えた肩幅の広い肉体、黒に近い灰色の肌、鋭い目つき、やや乱暴な口調だが常連のおば様から絶大な支持を受けている。
会計を担当しているのはユーリとユーゴーの母でマーカス亭の元看板娘リリー・マーカス、年齢は40歳、同じく魚人。
大きな声と愛嬌の良さ、人の良さで人気を集めている。
客の相談にも乗っているらしい、完全にスナックのママである。
元B級冒険者だったが死にかけたところを救ってくれた冒険者に猛アタックして結婚した。
そして、その猛アタックされた冒険者はユースウェル・マーカスという、マーカス亭の店主で年齢は43歳、厨房の奥で火と格闘中だ。当然ながら魚人。
元A級冒険者。結婚と同時に引退し、パーセルの町に店を開いた。
店員が魚人なら酒を飲んでいるのも普通の人間ではない、森人、鉱人、猫人、象人などの様々な種族が騒いでいる。
ノーマルと呼ばれる普通の人間はこの酒場には二人しかいない。
一人は給仕をしている小柄な女性。年齢は21歳、名をシエラ・サージという。
3年前に迷い人としてパーセルの町にやってきた。連れてきた象人の商人は国境の外、魔族の領域で拾ったという。
この手の迷い人は大概記憶が定かでないことが多いが彼女も同じく森で突然目覚め、途方に暮れていたらしい。今ではマーカス亭の名物ノーマルとして一定の人気を得ている。
さて、もう一人はカウンターの端っこに座って本とにらめっこをしている子供だ。
年齢は4歳、シエラの息子ロウド・サージだ。
黒い髪、大きな黒い瞳、肌は黄色寄りの白といったところだろう。
男の子だが外見的には女の子といってもわからない可愛らしさを持っている。生まれてからこの店のマスコットのような立ち位置にいる。
彼は元軍人で家族共々事故で死にかけたが、天使に家族を助けてもらい、代償としてこの世界に4年前に転生してきたのだ。
というかこの物語の主人公である。
2歳にして言葉を習得したロウドは片っ端から本を読み漁った。
酒場においてある本はすぐに読み終え、町の金持ちから歴史書、魔導書を中心に借りて知識を蓄えている最中である。
始めは成長の速さに目を白黒していた周囲であったがノーマルの成長は早いものだと勝手に納得されていた。
今では店の敷地内なら自由にしてもいいとお墨付きをもらいカウンターで情報取集に励んでいるのだ。
「ロウ、すまんがちょいとこれ持って行ってくれ、2卓だ。」
ユーゴーがロウドにお盆を渡す。
「はーい。また、リンゼイのおばさん?」
「ああ。坊主が持ってくと機嫌がよくなるからな。」
「ついでに追加注文もらってくるよ。」
「頼んだぜ。」
ユーゴーのサムズアップを受けてちょっとめんどくさそうに商品を猫人の占い師リンゼイ・トートのところに運んでいく。
4歳児を働かせるのはどうかとは思うが衣食住の提供を受けている以上手伝わないわけにはいかないのだ。
「お待たせしましたー。ロックサーモンのホイル焼きでーす。」
4人席に座っているのはリンゼイの他3人は初対面の猫人だった。
同業者だろうか。
精一杯かわいく見えるようにテンション高めに商品を提供する。
「あらー。ロウちゃんが持ってきてくれたの?お手伝い偉いわねぇ。」
リンゼイが近所のおばさん的なオーラを出しながら反応してくる。他の3人もにこやかにこっちを見ている。
「いえいえ。おかげさまで大繁盛ですからね。ちょっとでも助けになれたらなと思いまして。」
「本当にまだ4歳なの?相変わらず言葉も上手ねー。ちょっとリンゼイおばさんのところにおいで。」
脇に手を入れられて抱きかかえられて膝に座らされた。
ふわりと香る香水の匂いに少しドキマギする。背中に当たる柔らかい感触が心地よい。
前世の地球の獣耳属性は、対応した動物の耳や尻尾をつけているのが定石であったが、この世界では少々勝手が違う。
ノーマルよりも濃い体毛、少し前に出た高い鼻、丸い大きな猫目、湿った鼻先、鼻からは3対の細長いひげ、少し人間から離れている外見である。
しかし体つきは人間とほぼ同じなので、30歳を迎えたばかりの彼女の身体は前世から数えて59歳のまだまだ元気な男の精神には少々刺激的だった。
「大繁盛ねぇ。この店はシエラちゃんとロウちゃんが来る前から通ってるけど二人が来てからさらに繁盛するようになったわねぇ。あーうちの息子もこのくらい可愛げがあればお客の前に出せるのにねぇ。ロウちゃん会ったことないかしら?」
「はい、お話だけで聞いたことあります。とても活発なお子さんだとか。」
「もうやんちゃが過ぎて嫌になるわよ。そうねぇ、ロウちゃん明日おばちゃんのところに遊びに来ない?息子に合わせたいし、新しい魔導書も入ったのよ。読みたくない?」
「ホントですか!?ぜひお願いします。」
ドキドキしながらも情報を得られる機会にはすぐ飛び付くロウド。
「もちろんよ。お昼休みにシエラちゃんと一緒にいらっ「あー‼もう‼リンゼイさん‼うちの息子にちょっかい出すの止めてくださいよー。」
シエラが来た。両手を腰に当てて仁王立ちしている。
「あらちょっかいじゃないわよ。可愛がってるのよ。ねぇシエラちゃんも明日お昼にいらっしゃい。ごちそうするから。」
「イヤですよ‼また変な格好させるつもりでしょ。私はあなたの着せ替え人形じゃないんですよ。」
「全然変じゃないわよ。ほらロウちゃんも可愛いって言ってたじゃない。ねぇ?ロウちゃん。」
シエラはリンゼイの館に行くと「ノーマルは身体に特徴無いから何着ても似合う。」とか言われて毎回いろいろな格好をさせられるのだ。
それがまぁ何というか我が母ながら可愛いらしいのだ。
「おかあさん、すごくかわいかったよ?」
わざと甘え声で満面の笑みを作る。シエラはこういう息子の声にすごく弱い。
普段かなり大人っぽい話し方をする息子がしゃべる甘え声はかなり萌えるらしい。ちなみにシエラ以外に甘え声を出すとと怒られる。
「くぅ~。わかったわよ。明日ね、仕込みが始まる前には戻るから14時の鐘が鳴ったら帰るわよ。」
赤い顔で悔しそうなシエラが折れた。
「あらあら。シエラお母さんも息子には弱いのねぇ。」
あーリンゼイさん、そんなギュッてしないで欲しい。いろいろ感触ががががが。
「それでは、リンゼイさん。明日のお昼にお邪魔しますね。ところで追加のご注文はございますか?」
ロウドはリンゼイの腕をほどきながら当初の目的を遂行する。
シエラも赤い顔を手で扇ぎながら仕事に戻る。
「そうだねぇ、じゃあブドウ酒を頼もうかな。他はだれか飲む?」
他の猫人3人がバラバラバラと飲み物を注文する。
「はーい。承りました‼」
精一杯かわいく注文を受けてお客様サービスをする。
リンゼイはちょっと残念そうにしながらも、同じテーブルの人との会話に戻っていく。
「ユーゴー兄さん、追加注文もらったよ。麦酒1、ブドウ酒2、はちみつ酒1です。」
「お、ありがとうよ。いつも手伝いすまんな、ロウ。そろそろ20時回ったし、今日は寝たほうがいいんじゃないか?」
「んー。もうちょい本読みたかったけど、そうだね。そろそろ寝ます。おかあさーん、僕もう寝るね?」
はーいとシエラから返事があったのを聞いて二階の部屋に戻る。
部屋は母と同室だ。ベッドも一つしかない。
まぁ4歳だから仕方ないが、若い女性との同衾はまだ慣れない。
もういい加減慣れろよとも思う、しかし男の性なのか未だにドキドキしてしまうのだ。
もちろん表面上は気づかれないように細心の注意を払っている、気付かれでもしたら一貫の終わりである。
母親に興奮する息子など存在してはいけないのだ。
外はまだ明るい。
ロウドは窓の戸を全て閉じ、暗幕を引き、部屋を暗くして寝る前の日課を行う。
体内のマナを一日の使用限度一杯まで魔力石へと変換するのだ。
体内のマナを魔力と属性に分けて精製し魔力石精製の魔法式に通すと、魔力石が出来上がる。
属性石精製の魔法式なら属性石が出来上がる。
魔力石はビー玉程度のサイズで魔力の代わりとなる、属性石はBB弾サイズになり属性付加に使用する。
完成した石は色別に小瓶に分けて整理していく。
これを始めてから2年経つ、小瓶の数もかなり増えてきている。
毎日繰り返していると少しずつ魔力の精製スピードが上がり、マナ総量も少し上昇する。
マナ総量は身体の大きさに関係しているようなのでこれからさらに増えてくれると信じて鍛錬を続けている。
もしだめでも貯蓄している魔力石は無駄にならない。
継続は力なりである。