パンツ勇者の三十分冒険
「先輩!」
その声は一人の少年に向けられている。
「先輩、さあ一緒に冒険に出かけましょう!」
少年は手をつかまれ玄関から引っ張り出される。眩しい太陽と爽やかな風を肌で感じ春の心地よさを覚える。そして少年は投げ掛けられた言葉に少しの間をおき
「なんだよ、これ」
「何って、先輩の夢を叶えてあげようと思って」
「俺の夢?」
「言ってたじゃないですか。勇者になりたいって。どん底から這い上がって成り上がりたい、世界を救いたい、囚われの姫と結婚したいって。だから……行きましょう!世界を苦しめる魔王の元へ。囚われの姫を解放し世界に平和を!」
物語の冒頭のような語りを終えた後輩を横目で見、少年は家の中に戻ろうとする。
「ちょっと待ってください!なんで自分から冒険を終わらせようとするんですか~」
「前からお前がバカなことは知っていたが、ついにバカのレベルを超越したな……。夢と幻と理想の区別がつかないとは」
「あたしはいたって真面目ですよ!たとえ現代の日本でも見方を変えれば勇者だって魔王だっているんですよ!だから冒険に!」
「なんだよ、その夢理論。お前はネバーランドの住民か?」
「ハッピー○ーンですよね」
「ピー○ーパンだよ!ハッ○ーターンはお菓子だから」
「せんぱーい、バカですね~。ピーター○ンはパンですよパン。食べ物なんですよ。人の名前なわけないじゃないですか~。まあハッピー○ーンもあまり人の名前っぽくないですが。でもパンを人の名前って……ぷぷっ」
「こいつ無知な上にイラっとくるわー。まあいい、受験生になった俺にはお前のお遊びに付き合ってられる時間はないから」
「遊びじゃないですよ!これは遊びであってゲームじゃないんですよ!」
「それを言うならこれは“ゲームであっても遊びじゃない”だから!遊びって言っちゃってるよね!?」
「あ、あれ?とにかく、これは!」
「あーわかったわかった。何に対するかは知らんが本気なのはわかった」
少年はため息をつき、ただな、と前置きする。そして両腕をいっぱいに広げ
「なんで俺はパンツ一丁にさせられたんだよ!!!」
「安心してください、頭の防具としてパンツ被るんでパンツ二丁です」
「何に対しての安心なんだよ!」
「物語冒頭の勇者のイメージにぴったりですよ」
「まあ確かに勇者だけどな!ある意味なっ!!で、なんでこの格好なんだよ」
「パンツ一丁の理由……?そんなの決まってるじゃないですか。成り上がりするんですよ?下から這い上がるんですよ?つまり最低の弱さじゃないといけないんです。最弱装備、それは装備なしです!」
自信満々の後輩を憐れみの目で眺め、そして今度こそ家に入ろうとするが
「ちょっと待ってく……あれ先輩、背中になんか付いてますよ」
「え?」
立ち止まった瞬間、不意に少年の体が後ろへ引っ張られる。考える暇など与えない電光石火、一瞬で家とは逆方向へふっ飛ばされる。大きくきれいな弧を描きなから家のすぐ前を横切る道路を超え、玄関方向から真っ直ぐ前へと向かう道路に投げ出される。
少年は痛みに顔をしかめ、この痛みの原因の後輩を視界に収めつつふらふらと起き上がる。
てめぇ!と声をあげようとするが、道向かいの後輩が何かから隠れるように身を低くし人差し指を口元に当てる。そしてしゃがみながら家の門で身を隠し、その家を横切る道の右の方を指差す。少年は声を出そうと開けた口をそのままに、指の差す方を窺い見る。遠くから歩いてこちら側に向かってくる人影がある。青っぽい服に全身を覆ったその姿を見、少年は生唾を飲む。嫌な汗がじんわりと額に表れ激しい動悸、荒くなる呼吸を自分でも確認する。
近づいてくるのは警察官だ。
そして少年はパンツ一枚だ。
……ヤバい、この状況は非常にヤバい。どうする、どうすればいい!?落ち着け、ま、まず落ち着け。い、い、今の状況を整理するんだ、えっとえっとーー…………ああ、くそっ!
必死に考える。だが状況を打開する手立てどころか状況整理すらままならない、焦りと不安が思考を支配し続ける。
頭を抱える少年の前方には後輩が本当に幸せそうに邪悪な笑みを浮かべている。そしてさらにその笑みを増し今度は左方向に指を向ける。嫌な予感を感じながら少年が見ると、地域ボランティアで見回りをしている老人の一団がこちら側に向かっていた。
地域の安全のためにいる警察官と地域ボランティアだが今の少年にはまさに魔王の差し向けた刺客にしか思えなかった。その場合の魔王にあたる後輩は一通り無音で腹を抱え爆笑した後、普通に立って道を渡りこちらに来る。
殺気を全面に出して後輩を迎える少年はメンチを切り小声で
「てめぇ、警察に捕まりでもしたら俺は大学行けなくなるじゃねえかよ、俺の人生壊す気か、ああ?」
「そしたらあたしが先輩養いますから大丈夫ですよ」
「てめぇに養って貰わんくていいわ!とにかくどうにかしろよ、この状況」
「じゃあ先へ進みましょう」
「は?」
「家へ戻ることができないなら先へ進みましょう!早く魔王を倒せば早く家へ帰れますよ」
「何いっ……」
「ここに居ても隠れる場所無いですし、ポリスメンか老人ギルドに見つかって人生おじゃんですよ。あるいは他の人が通るかも」
「……」
「人生おじゃんですよ?」
「……」
「逆にここで成り上がればヒーローですよ」
「……」
「ピンチはチャンスなんじゃないですか?」
「……おっしゃ!やってやるわ!最速で魔王倒してこの世の英雄になったるわ!(やけくそ)」
「よっしゃ!早速行きましょー。道案内は任せてください、先輩」
二十分後。
「そして数多の試練を乗り越え、勇者はついに魔王の城まで来たのであった」
「なんだよそのクオリティのバカ高いじじいの声!誰向けのナレーションだよ。てか魔王の城って学校じゃねえか!」
「そう、ここに諸悪の根元、魔王の“松下”がいる」
「松下って風紀委員の顧問だよな!?お前俺に校内暴行起こさせる気かよ!」
「いや、囚われとなっている姫を取り戻すだけでよい」
「誰だよ、姫って」
「…………ちゃん」
「ああ?聞こえねえよ」
「り○ちゃん」
「○かちゃん?」
「……り○ちゃん人形」
「ああ!お前がこの前持ってきてた首なしの○かちゃん人形か!そいや学校にいらない物だって没収されてたな。ああそういうことか……って絶対いらねえだろ!あんなもの」
「あんなものって言い方はひどいんじゃない!?先輩。あたしが昔から大事に大事に使ってたんだよ!」
「じゃあなんで首もげてるんだよ!しかも足のところに手が生えてるし。ただのホラーだよ!捨てろよ!!」
「だめだよ!あれにはいっぱい思い出が詰まってるんだから。バイオハザードのゾンビ役とか、人造人間製造ごっことかいろんな思い出があるの!」
「ろくな遊びしてねえな、おまえ!」
「でもあの人形、夜中になると泣き声発したり押し入れからいつの間にか座敷の真ん中に移動してたり最先端機能が搭載されてるすごいやつなの!」
「それ完全に呪いだわ!このまま松下に持ってもらっとけよ!てか俺はそんなもののためにパンツ一枚スタートでここまで来たのかよ!」
校門前でそんな口論をしていると、例の魔王松下が校舎から走って来る。
「おい!なんだおまえたちは!!裸で何してる!」
「うわ、松下来ちゃったじゃねえか!早く逃げるぞ」
この場を離れようとする少年。だが少女はその腕をしっかり掴み、逃さまいとする。
「魔王の方から出てきてくれたんですよ?ここで討たずしていつ討つんですか!?」
「教師は人生中一回も討たなくていい部類の人間だよ!?しかもさっき姫助けるだけでいいって言ったよな!」
そんな言い合いをしているうちに、どんどん魔王松下は近づいてくる。
しかし、突然松下は足をもつれさせて倒れる。しかもそのまま排水溝に突っ込む形で。聞いたことのないような異音をたてて倒れる魔王松下。数十秒後なんとか起き上がり立とうとする、だがその頬にどこからか飛んできた野球ボールがめり込む。鈍い音をたて一瞬ひどく歪に曲がった顔がそのまま排水溝に戻される。唯一排水溝から表に出ている右手には頭のないりかちゃん人形が。
「お前、あれ持って帰るのか?」
「……んー。やっぱ止めておこうかな。別にもう遊ばないし」
「ああ、そのほうがいいと思うぞ」