名前のない世界
私が引っ越して来てから一か月後の休日。
いつもは遅くまで寝ている私は、朝早くに起きていた。
町内では月に一度大掃除をする事になっているらしく、今日がその日だというのだ。
夏は伸びた雑草をむしり、秋には落ち葉をかき集める。
今は秋なので、落ち葉をかき集めるのがメインとなる。
私が外に出ると、ちょうど隣の家から奥さんが出てきていた。
軽く挨拶を済ませ軍手をつける。
向かいの家は夫婦揃ってすでに掃除を始めていた。
「こんにちは」
向かいの奥さんが笑顔を浮かべ挨拶をしてくるのに応え、垣根の下に熊手を伸ばす。
「秋が一番大変よね」
隣の奥さんが竹箒で落ち葉を掻きだしていた。
そうですねと私。
まるでいつもやって来たように言ったが、ここに引っ越して来て初めての大掃除だ。
「夏は夏で暑くて大変なんだけどね」
向かいの奥さんが加わってくる。
「奥さんはいいわよ。毎回旦那さんが手伝ってくれて。うちなんてたまに手伝ってくれたかと思ったらすぐに家に入っていくのよ」
話題に上がった向かいの旦那さんは、無心に雑草を引き抜いていた。
周りを見渡すとほとんど女の人で、男の人の姿は少なかった。
たまに子供の姿も見えるが、手伝っているというより邪魔をしているように見えた。
あそこに見えるのは三軒隣の家の子だったはず。
旦那さんの姿も見える。
私の視線に気が付いた三軒隣の旦那さんは、軽く会釈をしてきた。
笑顔を交え私も会釈をする。
手前の方の落ち葉をかき集め終わり、私は奥の方へ手を伸ばす。
これが木の枝に熊手が引っ掛かり、なかなかに取りにくいのだ。
悪戦苦闘する私の後方で走っていく音が聞こえたかと思うと、小さな悲鳴が上がった。
振り向くと驚いた顔の奥さんがいた。
確かあの人は角を曲がった先の家の奥さんだったはず。
どうやら三軒隣の子にいきなり虫を見せられたらしい。
慌てた三軒隣の旦那さんが、角を曲がった先の家の奥さんに誤っていた。
頭を押さえ子供にも謝らせようとする。
「まあまあ、子供のしたことだし」
向かいの旦那さんが助け舟をだす。
ああ、びっくりしたと角を曲がった先の家の奥さんがごみ袋を抱え歩いて行った。
三軒隣の子はいたずらっ子そうな顔で私にも虫を見せてきたので、私は微妙な笑顔を浮かべておいた。
三軒隣の旦那さんがそれに気が付き、三軒隣の子に拳骨を落とす。
それを見て隣の奥さんが笑っていた。
「ほんとに大掃除って大変だわ」
私はそう呟き、垣根の奥に熊手を伸ばした。
名前って大事。