甘いものには毒がある。
あるところにアヒルがいました。
名前はおまる。
とても賢いアヒルです。
おまるはとても優しいご主人様の愛玩動物として飼われていました。
ご主人様は毎日お勤めに出ています。
この世知辛い社会をまっとうに生き抜くには、働かなくてはいけないのです。
しかしご主人はときおり
「働けど働けどわが生活楽にならざり……」
とフェードアウトしそうな声で呟きながら、じっと手を見るときがありました。
おまるはその原因を知っていました。
働き者のご主人様にはぐうたらな兄がいます。
原因はこの野郎です。
兄は故あってご主人様のうちで居候をしています。
いわゆる流行りのニートではありません。
もっとダメなやつです。
不法滞在者なので住民票はありませんし、ましてや保険証も身分証明書もありません。
働きたくても働けないとか言っていますが、もとより働く気はさらさらありません。
極悪人です。非国民です。
その極悪かつ非国民さらにはぐうたらな兄ですが、毎日おまるの世話をしてくれます。
そう、つまり兄はおまるの召使なのです。
兄は今日も今日とてぐうたらぐうたらだらだらだらしながら、ぼーっとしてチョコレートを食べています。
おまるは情けないやら哀しいやらで兄をじっと見つめました。
兄がアホ面をして首を傾げました。
おまるの視線に気づいたようです。
「なんだ? チョコレート食うか?」
どうやらおまるがチョコレートを食べたがっていると思ったようです。
ダメダメ、いけないよ。
チョコレートは人間以外の多くの動物にとっては毒なのです。
おまるは賢いアヒルなので知っていました。
特に鳥類が食べると『アルカロイド中毒』になって、痙攣や下痢、嘔吐を引き起こし、ひどい場合は命をおとすこともあるのです。
世の中そうそう甘い話がないのと同じです。
綺麗なバラには棘がある。甘い話にも裏があるのです。
なおも兄がしつこくチョコレートを勧めてくるので、おまるは「こいつまさか殺る気か」と思い、「ガア」と大きな声を出しました。
しかし兄はその声に驚いたのか、口を開けたままアホ面をしているので、その気はないだろうと思い直しました。