王妃 エリザ
王妃様登場です!!
扉を凄い勢いで開けて入って来たのは、十代後半くらいの美女だった。
ジャラジャラと、高価そうなネックレスや指輪等をつけまくり、耳には大きな宝石がついたピアスを付けている上に、目に痛い真っ赤な原色ドレスを着ていて、しかもそのドレスは、大きな胸が大胆に強調されたデザインのモノだった。
まるで、高価な品ばかり付けたがる成金令嬢…いや寧ろ、客に貰った貴金属を付けて、自分の価値を見せつけたいと考えるタイプの娼婦のようだ。
しかし…ただの娼婦が、国王の執務室に入れる訳がない。
ミリアンナが様子を伺っていると、扉を守っていた兵士が慌てた様子で室内に飛び込んできて、女性の前に立ちはだかりながら悲鳴のように叫んだ。
「御待ちください!!御待ちください!陛下に許可をとってから…」
「五月蝿いですわ!私が陛下の執務室に入るのに、許可なんているわけが無いでしょう!!」
女性の前に立ちはだかっている兵士は、女性に対し実力行使に出る事は無く、女性の体に触れないように気を付けながら、必死で女性を止めていた。
道見ても成金娼婦にしか見えない彼女は、もしかしたら王族なのかもしれない。
ただの貴族なら、王族の執務室に押し入って拘束されない訳がない。
何者だろうか…ミリアンナが必死で止める兵士を呑気に観察していると、乗り込んできた女性は兵士を平手打ちして黙らせ堂々と執務室の中に入り室内をズカズカと進む。
そして彼女は、ミリアンナの向かいに座るシャレグに向かって突進すると、シャレグの目の前で止まり、彼をギロッと睨みながら叫んだ。
「陛下!!お話がありま…あら?陛下。その汚い娘は誰ですの?」
女性はシャレグに叫んだ後。長椅子にチョコンと座るミリアンナに気付き、ミリアンナを見下すようにジロリと見る。
…体を清めて 清潔な衣服を纏っているから、汚く無いのにな…
ミリアンナが、もしや臭いのかとコッソリ自分の臭いを嗅いでいると、シャレグが人生に疲れた老人のような声で、力無く口を開いた。
「…彼女はミリアンナ王女だ。海賊に拐われていたのを救助した。ミリアンナ王女。彼女は我が国の王妃で、名はエリザだ」
ミリアンナは、シャレグの言葉を聞いて目を見開いた。
なんと…この成金娼婦は王妃様だったようだ…王妃がこれで大丈夫だろうか…
ミリアンナは、マグダリアの行くが心配になりがらも スクッと立ち上がり王族らしい 優雅な仕草で、スカートの裾を持ち上げてから口を開いた。
「お初にお目にかかります。王妃陛下。私はミリアンナ・ウイング・ゼルギュウムと申します」
立ち上がったミリアンナがそう言って頭を下げると、成金娼婦…王妃エリザは、ミリアンナを馬鹿にしたように見下ろしてから、胸を張って偉そうに口を開いた。
相手が王族と知っても、こんな態度しかとれないとは…
彼女は王妃どころか、貴族としても礼儀がなっていないらしい。
「マグダリア王妃。エリザ・シェスタ・マグダリアですわ。それより陛下!何故ドレスを新調してはいけないのですか!」
エリザはミリアンナに簡単な自己紹介をすると、直ぐにシャレグに視線を戻す。
彼女の中では、ミリアンナへの興味はさほど強くなかったらしく…かなり雑な対応で、此処に礼儀作法の教師が居れば、確実に叩かれる位には失礼な態度だった。
ミリアンナが余りの態度に呆れていると、王妃エリザは直ぐにシャレグに叫ぶ。
…なんか凄く怒っているが、何があったのだろうか。
「…数日前に新調しただろう」
「あれは部屋着ですわ!今回は外出用です!」
「なん着も要らないだろう」
シャレグがため息混じりにそう言い返すと、王妃エリザはキッと目をつり上げてシャレグを睨む。
そしてエリザは、自分が怒鳴っている間に、いつの間にか椅子に座り直して侍女が入れたお茶をすすっているミリアンナをギロッと睨んだ。
「まあ!なんですって!!ミリアンナ王女!貴女も陛下を説得しなさい!」
エリザに睨まれ叫ばれたミリアンナは、すすっていたお茶をゆっくりテーブルに置くと、ジッとエリザを観察するように見上げる。
そして、穏やかな口調でゆったりと口を開いた。
「王妃様。外出用とおっしゃいましたが、何処に行く為のドレスですか?」
「何処ってお茶会よ!」
当たり前でしょ!とふんぞり返る王妃を見ながら、チラリとシャレグを見る。
すると、お茶と一緒に出されたザッハトルテのようなチョコレートでコーティングされたケーキを、グサグサとフォークで刺しまくっていた。
美しく飾られたケーキはもう影も形もなくなり、グチャグチャの固まりになっている…だがシャレグは、それでもひたすら刺し続けていた。
ケーキの成れの果てをよく見てみると、赤いベリーソースの所を集中的に攻撃している。
何故かは考えたくもないが、ただ一言 言わせてもらいたいのだが、食べ物に八つ当たりするのは止めてほしい。
ケーキが可愛そうだし、製作者にも失礼だ。
ミリアンナは視界の隅で行われている事から、無理矢理 視線と意識をエリザに戻すと彼女をじっと見る。
シャレグには、海賊船から救ってもらった恩がある。だから…さささやかな お礼として、この迷惑な女を撃退してやろうではないか。
「どのくらいの頻度で、行われるお茶会ですか?」
「どのくらいって…毎日に決まっているわ」
毎日かよ…ってか…
「どういうお話をされますか?」
ミリアンナが、話題なんか無いだろうと思いながらそう口にすると、エリザはうーんと唸りながら口を開いた。
「どういうって…流行のドレスの話や殿方の話とかかしら」
流行のドレスと男の…ってオイ!てめぇは旦那持ちだろうが…
まあ、女も男も異性の話は盛り上がるだろうとは思うがな…しかし…
ミリアンナは、心のなかで心底エリザに呆れながら口を開いた。
「ご友人の集まりですか?」
「そうよ」
やはり…女子会みたいな集まりらしい。
貴族達の情報も多少入るかもしれないが、流行のドレスと言う言葉が真っ先に出てきたあたり、国益に繋がる有益な話題なんか出てきそうには無い。
王妃の公務の為の茶会と考えているなら、予算がでるだろうと私でも予想出来るのに、それを口にしない辺り王妃として以前に、王族としてもどうかと思う。
もう少し頭を使って考えれば、ドレスが新調出来ない理由が予想できる筈なのに…何十着もの最新のドレスが欲しいなら、事業でも興して 誰にも文句の付けようのない資金を確保するべきだ。
王妃の予算は国の予算。国の予算は国民の税金。
王族としての矜持を傷つけたり、侮られるような装いは不味いが、やり過ぎると福祉や軍隊に回す予算が減り、国の色々な所から苦情が出るだろう。
下手したらクーデターだ。
つまり。結論は…
「新調する必要ありませんね」
ミリアンナは何の感情も浮かばない顔で、エリザを見上げてそう言った。
うん。どう考えても無駄金だ。
「!!何故ですの!」
エリザが悲鳴のように叫び、ミリアンナに詰め寄る。
八歳の少女に、全力で怒る十八歳の女性…大人げない…
ミリアンナはエリザに心底呆れながら、彼女に言い聞かせるように淡々と口を開く。
「外交や、式典で古いドレスを着れば侮られてしまいますが、国内の…しかも王妃様の派閥の方々なのでしょう?ならば今あるドレスで十分だと思いますよ?と言うか、ドレスもタダではありません。マグダリア程の大国でも、毎日毎日ドレスのような高価な品を買えば、あっという間に赤字ですよ。国益になるなら多少考える事ができますが、国内の貴族。しかも既に、王妃様派閥の方々なのでしょ?ならばそこまで気合いを入れる必要はありません。
しかも、数日前にドレスを新調したのなら、そのドレスこそ最新の流行のドレスではないですか?ドレスの流行は季節ごとに変わりますが、たかだか数日で古いドレスとは言えませんよ?必要ですか?良く考えて下さい」
よし!言い切った!
ミリアンナは、ミリアンナとしての人生の中で生まれて初めて口にした長文を詰まる事無く言い切った。
ミリアンナは、やりきった達成感で一杯だったのだが…
「あのドレスは部屋着ですのよ!」
…まだ言ってるよ…
ミリアンナは呆れを通り越して、エリザとの会話に心底 疲れながら、エリザを言い含めるにはどうしようかと少し考える。
そしてあることを思いつき、切れやすそうな彼女を刺激しないように…出来るだけ優しい口調を心掛けて口を開いた。
「外出用のドレスも、大量に持っていらっしゃるでしょ?ドレスに思い入れがあったとか言いながら着れば、派閥の夫人方も納得してくださいますよ」
「…一度袖を通したドレスなんて着れないですわ…」
彼女は、かなりの見栄っ張りらしい。
ならばと、ミリアンナはニッコリ笑う。
悪魔の笑みだ。
「では…先月位に着たドレスを着てみて、夫人方にこのドレスはいつの茶会に着たドレスかと質問して、反応を見てみて下さい。
多分。皆さまは、いつのドレスか分からなくてアタフタしますよ?
毎日お茶会をすれば、話の種も余りありませんでしょう?こういう遊びも楽しいのでは無いですか?」
夫人達が、泣いて嫌がりそうな遊びをミリアンナはエリザに提案した。
「…そうね…楽しそうだわ!!陛下!ドレスはもうよろしくてよ!!」
この遊びを実行するようだ。
とりあえず、実行の際は是非とも私の名は出さないでほしい。
夫人達に、私が恨まれる危険性がある。
ミリアンナが心の中でそう呟いていると、王妃様がルンルン気分で走り去って行った。
そして五月蝿い女が消えると、執務室には心地よい静寂が訪れる。
静な室内に、フーと言うシャレグが疲れたように息を吐く音が響くと、王妃の侵入を防げなかった兵士がビクッと怯えた。
兵士は涙目になり、プルプル震えている。
ミリアンナがチラリと兵士に視線を向けると、王妃に揉みくちゃにされ、叩かれた彼の乱れた制服のポケットから、下手くそな刺繍が施されたハンカチが見えた。
恋人か妻か娘か…彼には大切な誰かが居るのだと思うと、なんか可愛そうになってきた。
あの馬鹿女のせいで、彼の人生に汚点を残しては…気に病んで私が安眠出来ないではないか!
「陛下。夫であり、王であるご自分も撃退出来なかったのに、彼を処分なんてしませんよね?」
ミリアンナがニッコリ 腹黒く笑いながらシャレグを見ると、シャレグは嫌そうに顔をしかめてから、震える兵士に顔を向けるとキリッとした声で彼に命令した。
「今日はもう休め。しかし、明日の勤務は予定道理にこなせ。いいな」
「はい!!ありがとうございます陛下!ミリアンナ王女殿下!」
兵士はシャレグとミリアンナに深々と頭を下げると、騒ぎを聞き付けて応援に着た兵士に、後を頼み部屋を出ていった。
多分。噛み跡があったから。噛まれたり引っかかれたりもしていたのだろう。それでシャレグは、治療させるために彼に休めと命じたようだ。
意外と優しい。
ミリアンナがシャレグを見直していると、シャレグは疲れたように長椅子にもたれ掛かる。
そのままミリアンナをじっと見つめると、ため息混じりに呟いた。
「…凄いな姫…」
「へへへ!!凄いでしょう!!」
ミリアンナは、エッヘンと胸を張る。
あんな、子供のような大人には負ける気はしない。
「ああ。夫人達が可哀想だよ…くっ…」
そこか…
ミリアンナが少し居心地悪そうにシャレグを見ると、彼は肩を震わせていた…ああ!!
「笑ってるじゃん!あと、王妃様…頭が弱くてプライドばかり高いアホ貴族の典型的な人みたいだね。
多分…王妃様の散財は、夫人達が裏で手を引いてると思うよ?いくらなんでも毎日お茶会をするのは可笑しいし、皆が着飾る舞踏会ならいざ知らず、茶会ごときにドレスを新調しようなんて…気合い入れすぎだよ」
笑い続けるシャレグに、敬語がスッポリ抜けてしまったミリアンナは、エリザとのやり取りの間に思っていた不安要素を忠告した。
そう言うやり方で私腹を肥やすやからは、必ず外の悪事も働いているはずだ。
彼女等の親や夫が納める土地の民は、かなりひどい目にあっているかもしれない。
「ああ。分かっている今、夫達の処分を検討中だ」
…既に証拠は集めているらしい。
明日の茶会も、中止かもしれないな。
「そう…なら大丈夫だね。多分王妃様が喧しいだろうから、新しい派閥の女性を用意した方が良いよ。
あのタイプの人間は、自分を誉めてくれる人間が居れば満足だしね」
ミリアンナが、そう言ってケーキを食べようとした時。
シャレグは、優しげにミリアンナを見つめながら静かに口を開いた。
「ミリアンナ王女」
「はに?」
ミリアンナは、モキュモキュとケーキを頬張りながら首をかしげる。
そんなミリアンナも可愛いなとか思いながら、シャレグはミリアンナを見つめた。
「私と結婚しないか?」
ミリアンナはゴクンと口の中身を飲み込むと、ケーキを刺していたフォークを机に置き、警戒するような視線をシャレグに向けた。
王妃エリザでした!
後。ケーキは芸術作品でもあると私は思うので、あえてケーキを作った人を料理人ではなく製作者と書きました。
ミリアンナは、甘味中毒者でもあるのでその方が良いかと。
それと、ケーキをザッハトルテにしたのは単なる私の欲求です。
田舎のケーキ屋さんには、ザッハトルテもマカロンも置いてないんです!!
コンビニも季節限定で置いていたのですが、最近見ないんですよ!!
…ああ…ザッハトルテ食べたいです…




