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女装

 翌朝、京子先輩は約束通り、また僕の家に来た。片手に大きなバッグを持っていた。何かのお土産であろうか。


「凛。おはよう。旅行の日が決まったよ。八月十五日でいいか?」

{はい。では二人にも連絡しておきます}


 メールを送信してすぐに返信が来た。二人とも大丈夫そうである。


{大丈夫そうです!}

「そうか。それはよかった。それで今日の買い物は川で遊ぶための水着を買いに行かないか?」

{水着なら男の僕より美樹と行ったほうがいいんじゃないですか?}


 慌てながら携帯電話を見せた。僕が女性用の水着売り場に行ったら変態と勘違いされてしまいそうで怖い。


「凛に選んでもらいたいのだ。……もしかして、凛が女性用水着売り場にいると変態扱いされるんじゃないかと心配しているのか?」

{……はい}

「それなら大丈夫だ。凛はその場に馴染むことになるから安心してくれ。その辺は考えがある」


 僕にはその言葉の意味が分からなかった。何で馴染むのであろう。


「そういえばお母さんは寝ているのかい?」

{今は寝ていますがあと一時間ぐらいで起きると思います}

「そうか。それはちょうどいい時間だ」


 今日の京子先輩は謎だらけである。なにかよからぬことを考えているに違いがない。その予感は大当りであった。

 京子先輩は片手に持っていた大きなバッグから、何かを取り出した。


「さっそく、悪いのだがこれに着替えてくれ!」


 京子先輩が取り出したものは女性用の服であった。


{これって女性用の服じゃないですか!こんな服、嫌ですよ!}


「わがまま言うな。早く着替えなさい!」


 わがままを言っているのはどっちであろうか。それに京子先輩が持っているのは丈の短い純白のワンピースであった。


 僕は一生懸命、首を横に振った。しかし、京子先輩は僕にワンピースを押し付けた。


「着る気がないなら私が凛を脱がすよ?」


 京子先輩の強引さには完敗である。僕はしぶしぶ着替えることにした。

 

「見えることはないだろうが念のためパンツも変えよう!」


 この人は何を言っているのだろうか。入るはずないし収まるはずがない。しかし、この抵抗もむなしく履くことになってしまった。何よりショックだったのが収まってしまったことである。


「凛、可愛いぞ。お似合いだ」


 京子先輩は笑い出してしまった。今にも逃げ出したい気分だが逃げ場がない。もうこうなっては誰も京子先輩を止められない。抵抗をあきらめて流れに任せることにした。


「次は化粧だ」


 やはり来た。化粧品がずらりと並ばれた。


「凛はもともと肌も綺麗で無駄毛が一切なく、色白で女の子っぽい顔をしているからあまり化粧をする必要はないのだがより女の子らしくするために化粧をしよう」


 化粧は三十分くらいで終わった。京子先輩はバッグをあさり始めた。取り出したものは明るめの茶色のウィッグのようだ。そしてそれを被せられた。


「これで完成。鏡で見てみるかい?」


 僕は洗面台に向かった。そこには見覚えのないどこからどう見ても女の子が立っていた。驚くほど男を疑うところがなかった。


 自分でいうのは変だが、可愛い。


 無駄毛は一切なく、細身の体、服はふわふわとした純白のワンピース。胸にはシリコンパッド。顔はパッチリ二重に唇と頬は薄いピンク色。髪は明るい茶色でセミロングの軽いパーマがかかったウィッグ。


 ガチャン。ドアが開く音がした。


「あら。京子ちゃんいらっしゃい。凛はどこに行ったの?」


 洗面台から出れなくなってしまった。どうしようかオドオドしていると、京子先輩がやって来た。


「早く来なさい!」


 覚悟を決めるしかないのか。京子先輩に腕を引っ張られながらお母さんのもとに向かった。


 お母さんは言葉を失いポッカリあいた口を手で隠しながら唖然としてしまった。


「もしかして凛なの?」


 僕は恥ずかしくて体を震わせながら頷いた。いったいお母さんはなんて言うのであろう。


「あら、可愛いじゃない!凛、お似合いよ。私、娘も欲しかったのよね。京子ちゃんがやったのね。ナイスだわ!」


「ありがとうございます。これから、この格好でデートに行ってきます」


 二人は笑顔で会話していた。化粧をするだけで二人がこんなにも笑顔になれるなら悪い気はしなかった。


「では行ってきます」


 二人でお母さんに手を振って、家を後にした。



「まずは昼食にしよう。行きたいところがあるのだがいいかい?」


 僕は頷いた。いったいどこに行くのであろうか。歩いているとなぜか多くの視線を感じた。


「みんな、凛の可愛さに見惚れているんだよ」


 余計に恥ずかしくなってしまった。しかし、今は我慢するしかなかった。


 京子先輩と歩いていく道中に一番会いたくない人物を発見した。美樹である。僕はすかさず逃げようとしたが京子先輩に腕をがっしりと掴まれてしまった。そして美樹もこっちに気が付き、近づいてきた。


「生徒会長こんにちは!」


「こんにちは」


 僕には気が付いていないようである。このまま何事もなく通り過ぎていただきたい。しかし、美樹がこれだけで通してくれるわけがなかった。


「お友達とお買い物ですか?」


「ああ。可愛い子だろ?」


 美樹はこちらに来て、うつむいている僕を覗き込んできた。

 

「本当にかわいいですね。お人形さんみたい……凛?凛でしょ?」


 ばれてしまった。美樹は驚いた顔をして京子先輩はクスクスと笑っている。


「凛、何やっているのよ!ついにそっちに目覚めちゃったの?」


 僕は精一杯頭を横に振った。


「私が無理やり着せたのだ。凛を軽蔑しないでやってくれ」


「何でこんなことをやったんですか?」


「私は前から凛はこういうのが似合うと思っていたのだが、なかなかしてもらうタイミングがなかった。しかし、これからお昼を食べた後に旅行に使う水着を買うつもりだが、凛は男の自分が女性用水着売り場に行くのが抵抗があるらしいので、いい機会だと思って女にしてみた」


「なるほど。私も一緒に行っていいですか?部活帰りでまだお昼ご飯も食べていないんです」


「もちろんいいとも」


 そんなわけで美樹も一緒に行くことになった。それから五分ぐらい歩くと目的の場所に着いた。


「ここだ。猫カフェに一回行ってみたかった。二人は猫は好きかい?」


 僕と美樹は勢いよく頭を縦に振った。


「それはよかった。では早速入ろう」


 チャリン。鈴の音が鳴った。


「いらっしゃいませ!三名様でよろしいですか?」


 そこには多くの可愛らしい猫がたくさん、ニャーニャーと鳴き、いつもとは別の世界のような気がして胸が高鳴った。


 席に座るとどこからともなく猫達が近づいてきた。三人で撫でたり抱き寄せたりした。


「ご注文はお決まりですか?」


 僕はオムライス、美樹はパスタ、京子先輩はホットケーキを注文した。


 待っている間、猫と遊ぶことにした。いっぱいの猫がいる中に、一匹だけ隅でおびえている猫がいた。僕はその猫に近づいた。その猫はさらにおびえて警戒しだした。僕はその猫の方に手を伸ばすと猫はガブッと噛んできたのである。


「お客様大丈夫ですか!」


 店員が心配そうに言ったが笑顔で頷いた。猫は噛み続けた。すると猫は僕が乱暴をしないことに気が付き噛むのをやめて指を舐めてくれた。店員は安どの顔を浮かべた。


「その猫は私達のも懐かない猫だったんですがお客様には懐いたようですね」


 カシャ。誰かに写真を撮られた。


「これは絵になる。美少女と甘える猫。学校で売ったらいい商売が出来そうだ」


 生徒会長がそんなことを言っていいのであろうか。


「冗談だ。それにしても凛は本当にかわいいな」


「そうですね。女の私が嫉妬してしまうほど可愛い。なんかムカつく。直哉あたりに襲われてしまえばいいのに」


 冗談はそれぐらいにしてほしい。直哉なら今の僕を見たら食いついてくるに違いがない。今日は出会わないことを祈る。


「お待たせしました」


 店員は料理を置くとすぐにカウンターに戻って行った。


「では頂くとしよう。いただきます」


「いただきまーす!」


 僕も食べ始めることにした。さっきの猫は僕の膝の上で寝てしまった。

 

「美味しかったー!何より猫が可愛かったわね!」


「私は猫より猫と戯れる凛の方が可愛くてつい見入ってしまった」


 京子先輩はちょっと違うものに目が行ってしまったが二人とも満足そうであった。もちろん僕も大満足である。


「それでは水着を買いに行こう」


 水着売り場は猫カフェから差ほど離れていなかった。店に入るとそこには色とりどりの水着があった。店に入っても僕を男性と疑うような視線は感じられなかった。


「生徒会長、これ可愛いですよね?」


「着てみたらどうだ?」


 二人は水着選びで忙しいらしい。僕は適当にさまようことにした。しばらくすると、京子先輩が近づいてきた。


「凛はどっちが好みだ?こっちか?こっちか?」


 どちらもビキニであったが、色が違っていた。黒か紫か白か。どれも京子先輩は似合いそうであった。僕は少し首をかしげてしまった。


「水着だけ見せられてもわからないか。よし、着替えてくる」


 京子先輩は更衣室に向かった。しばらくすると京子先輩が出てきた。そこにはモデルにも劣らない程、スタイル抜群の京子先輩が出てきた。


「まずは紫の水着を着てみたのだけれど、似合っているかい?」


 ジッと見つめていたいところだが見ているこっちが恥ずかしくなってしまうので目を逸らして頷いた。もともと京子先輩のことを見ていると恥ずかしくなってしまい、ずっと直視できないのに水着姿を見れるはずがない。


「本当か?では今度は白を着てみよう」


 京子先輩は着替え中だが、美樹の姿が見当たらない。しばらく探すと美樹の方から僕を見つけてくれた。


「凛。私の美貌はどう?惚れた?」


 美樹の体を見て驚いた。腕と足にはほのかに筋肉が付き、一番驚くべきところはお腹である。お腹に薄らと縦に筋が入っていた。


{筋肉が気持ち悪い}


 美樹は一気に顔つきを変貌させた。


「気持ち悪い言うな!これは私の努力の結晶なんだから!」


 確かに美樹の努力には驚きである。するとがチャッとドアが開く音がした。振り向くと京子先輩が出てきた。


「凛、これはどうだい?」


 真っ白なビキニ姿も似合っていた。おそらく京子先輩が似合わない水着を探す方が大変であろう。


「生徒会長はスタイルいいですね。羨ましい……」


 美樹は本当に羨ましそうに全身に視線を送っていた。


「では今度は黒を着てみる」


 京子先輩はまた更衣室に戻って行った。美樹も着替えに行った。僕はまた一人になった。すると、店員が近づいてきた。


「お客様、これなんていかがでしょう?」


 男の僕に水着を勧めてきてしまった。僕は慌てて首を横に振った。


「お気に召しませんか……。これなんていかがでしょう?」


 また首を横に振った。これでは同じことの繰り返しになってしまうので一度逃げることにした。遠くから京子先輩のいる更衣室を見た。待つこと数分、出てきた。


「これはどうかい?」


 僕は口を開けて目をキラキラと見開いてしまった。純白の肌を引き立たせる黒いビキニ。これが一番である。


「これが一番いいみたいだね。ではこれを買う事にしよう」


 すぐに着替えに戻って、レジに向かっていった。美樹も気に入ったのがあったらしく一緒にレジに向かった。


「これで今日の目的は終了だね」

「私はこれで帰ります。お疲れ様でした!」


 美樹は手を振りながら帰って行った。


{これからどうしますか?}

「どうしようか。買えるにはまだ早いし。……凛が女装している記念を残すためにプリクラを取りに行こう!」


 京子先輩に手を引っ張られながら歩いた。近くのゲームセンターに入った。そこは色々な音がガヤガヤとうるさく人が大勢いた。店内の奥にお目当てのものはあった。


「あそこが開いているみたいだから、入ってみよう」


僕はまだ手を引かれ続けた。中に入るとそこには大きなライトが四つ。中央に大きな画面が一つ。そして白い壁。


「それでどうしたら撮れるのだ?今更だが私は初めてなのだ」


 そんな気はしていた。僕も美樹と直哉と撮ったきりで久々ではあった。お金を入れてモードを選ぶように指示されたのだが、いつもこういうのは美樹と直哉がやってくれていたのでどういうのを選んだらいいかわからなかった。

 

 仕方がなく、おまかせモードを選んだ。撮影のカウントダウンが始まった。しかしお互いどんなポーズを取ったらいいかわからなかった。カシャ。カシャ。何もポーズをとらないまま撮影が進んでいった。僕はとりあえずカメラに向かってピースすることにした。すると京子先輩も真似してピースをした。そして次はどうしようかと焦りだした。すると、京子先輩が抱き着いてきた。


「落ち着け。私もどうしたらいいかわからない」


 少し落ち着いてきた。やはり京子先輩に抱きしめられると落ち着く。そして最後の一枚になってしまった。


「凛!」


 京子先輩がいきなり声を張って呼ばれたから少し驚きながら振り向いた。そして京子先輩は少し背伸びして僕にキスをした。前にもこんな光景があった気がした。


「いい体験であったな」


 プリクラは終了して綺麗に出来上がった。均等に二人で分けた。そのうちの何枚かは何もしていなかったので面白いプリクラになった。


「これはこれで面白いね」


京子先輩と付き合ってからまだ記念に残る何かがなかったのでこれはよかった。


「ねー。君たち」


 僕達に二人の二十歳前半と思われる男性二人組が絡んできた。


「俺たちと一緒に遊ばない?」

「私たちは用があるのでごめんなさい」

「そんなこと言わないでさー。遊ぼうよ」


 京子先輩が困っている。この二人を下手に怒らせると面倒なことになるし、僕は喧嘩なんてしたことないから返り討ちになってしまう。でもここで助けないと彼氏失敗である。


 僕は思いついた。僕は二人の手を握った。そのまま前に歩き出した。


「お!お姉ちゃん。どっか連れて行ってくれるの?積極的だねー」

「凛!どこに行くの?」


 僕は笑顔で片目だけ一瞬閉じて大丈夫と伝えようとした。それから少し歩き目的の場所に到着した。僕は二人の腕を話して座り込み泣き真似をした。


「大丈夫?」

「どうかしたの?」


 一般人とお目当ての人物が集まってきた。警察である。僕が座り込んだのは交番の前であった。


「君たち!この子に何かしたのか?」

「お、俺たちはないもしてねーよ。行くぞ!」


 二人はこの場から逃げるように去って行った。僕も泣き真似をやめた。うまくいった。男姿の格好ではただのおふざけに思えるが今の姿ならみんな心配してくれるだろうと思った。しかし、この後のことは考えていなかった。みんな心配そうに見ている。僕は慌ててどうしようか考えたが思いつかない。


「すみません。この子、友達なんですが逸れてしまって困っていたみたいです。ご迷惑をおかけしました。凛!行くよ!」


 京子先輩が助けてくれたが少し怒っている様である。しばらく歩いて急に立ち止まった。


「凛の馬鹿!心配させるんじゃないよ!」


 やはり怒っていた。


「助けてくれたのは分かったけど、もうあんな真似しないでね?絶対だよ?」


 僕は少し潤んだ目で頷いた。初めて怒られた。それだけ心配させてしまったのだと今になって後悔した。


「でもありがとう。かっこよかったよ」


 僕はホッとした。


「今日は楽しかったね。今度は男の凛とプリクラを撮りたいね。それじゃあ今日はこの辺で。次会うのは旅行の時だね。……じゃあね」


 お互い手を振って解散した。帰る途中で気が付いたがこの格好はどうしたらいいのであろうか。選択して返せばいいのだろうか。ふとポケットからプリクラを取り出した。京子先輩の言うとおり面白くてクスッと笑ってしまった。早く旅行の日にならないだろうか。きっと楽しい旅行になるはず。


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