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異変

「できた」


 学校祭を今週末に控えた放課後、ようやく曲が完成したのである。歌詞もよりよく改善されて歌いやすくなった。音楽も楽器が綺麗に合わさり素晴らしい曲になった。あとは練習してよりいい歌が披露できるようにするのみである。


「この曲、CDにすれば一儲けできるんじゃないの?」


 美樹の顔が悪いことを企んでいるように見えた。僕みたいな素人がプロになれるはずがない。


「確かにそれぐらい、いい曲だ。よく加藤さんはこんな曲を作れたね。プロでも目指しているのかい?」


京子が感心したそぶりで加藤先輩に尋ねた。


「これでも一応音大に入学したいと思っているからね。音楽を奏でる側ではなく作る側をしたいと思っている。恥ずかしい話、好きな女性に曲を作ったのがきっかけで楽しくなった。結果は振られたがね……」


 みんな苦笑いしてしまった。


「これで俺の役目は終了だ。凛君、ちゃんと約束は果たしたからな。じゃあ本番を楽しみにしているから」


「ありがとうございました」


 そういうと加藤先輩は部屋を出て行った。


「それでは練習を始めよう」


 京子の掛け声で練習が始まった。僕はひたすら歌い続けた。気が付くと僕たちが練習している部屋を覗きに来ている生徒が多数いた。病院でお母さんに歌ってあげたのを思い出した。未だに信じられないがお母さんの体が僕の歌に反応してくれた時はとても嬉しかった。そしてそれを聞いていた他の患者さんにも影響を与えられた。また学校祭で歌を披露してまた誰かを救えればいいな。そう考えると歌うと胸が苦しくなるが不思議と力が沸いてきて頑張って歌えた。しかしこの胸の違和感は強くなる一方であった。


 放課後の練習が終わり、家に帰り寝ようと思った時に京子から電話がかかってきた。


「夜遅くに済まない」

「いえ。大丈夫。どうしたの?」

「今日も胸を押さえていたが前に行っていた違和感が原因か?」

「うん……。最初のころは胸に違和感だけだったのですが最近ではまるで心臓をギュッと握りしめられたかのように苦しくなる……」

「一度病院で診てもらったほうがいいのではないか?」

「そうだね。では後で行ってきます」

「後でではダメだ。明日行きなさい。何かあってからでは手遅れだ」

「わかった」


 京子の力の入った言葉で思わずビックリしながら答えてしまった。


「よろしい。じゃあおやすみ」

「おやすみなさい」


 通話はそこで終わった。京子の言うとおりに明日病院に行って来よう。この違和感はなんなのであろうか。そんなことを、目を閉じて考えていたらいつの間にか眠っていた。



 次の日の放課後、直哉と美樹が僕のもとにやってきた。


「凛。音楽室に行こうぜ!」

「ごめん。今日は病院に行ってくる」

「お母さんのところか?」

「違うわよね。凛が診断されに行くのよね?」

「うん」

「なるほど。確かに最近胸のあたりを押さえて苦しそうだった。練習は俺たちに任しとけ。凛の歌は完璧だから後は俺たちが練習すればいいだけだから」

「わかった。じゃあ行ってくる」


 そう言って病院に向かった。病院は母のいる病院にすることにした。この病院ではいつも病室に行くだけであって診断を待つのは初めてである。待つこと数十分。



「新堂凛さん」


 どうやら僕の番が回ってきたようである。部屋に入ると眼鏡をかけた三十代後半と思われる男性が椅子に座っていた。


「やあ。君が新堂凛君か。噂は聞いているよ。すごい歌声らしいね。それで今日はどうしたの?」


 とりあえず、僕も椅子に座った。


「歌を歌うと胸が苦しくなります。最初のころは胸のあたりに違和感があるだけだったのですが最近では歌い終えると胸をギュッと握りしめられるように苦しくなります」

「なるほど。ではまずシャツを上げてもらっていいかい?」


 言われるがままシャツをめくった。男性は聴診器を僕の胸のあたりに押し当てた。次に背中に同じように押し当てた。


「ちょっと通常の人より鼓動が小さいね。では次にレントゲンを撮ってみましょう」


 僕は看護婦に連れられながら別の部屋に移った。壁際に設置されている板のような機械の前に僕は立たされた。すぐに撮影は終わった。また医者の部屋に戻った。


「レントゲンでは特に異常は見当たらないね。ためしに歌ってもらってもいいかい?」


 また僕はシャツをめくって医者は聴診器を胸にあてた。何を歌ったらいいかわからなにので、とりあえず発声練習のようなものをすることにした。


「ラララララララララー」


 すると医者は眉間にしわを寄せた。


「確かに歌い終えると鼓動に変化が起きるね。緊張したり動いたりすると当然、鼓動も変化が起きて大きくなるけど凛君はちょっと違うね。まるで小さくなっている。次は心電図を試してみよう」


 看護婦がどこからか心電図の機械を持ってきた。パンツ一枚になりベッドの上に仰向けになった。看護婦は僕の両手足に大きな洗濯バサミなようなものを取り付け胸にはペタペタと何かを張り付けた。


「やはり普通の人より鼓動が小さいようだね。苦しいかもしれないけどまた歌ってもらっていいかい?」

「ラララララララララー」


 ピッピッピッを言った音が一瞬大きくなった。また医者の顔が曇った。


「さっきより鼓動が小さくなっている。悪いがもう一度お願いできるかい」


 また歌った。医者は黙り込み難しい顔をしていた。


「ありがとう。服を着ていいよ」


 服を着てまた椅子に座った。


「理由がわからないがなぜか歌うと鼓動が徐々に小さくなっている。こんな事例は聞いたことがない」


 医者はまた黙って何かを考え込んでしまった。


「もしかしたら、普通の人は歌うと疲れたり気分が高くなって心拍数があがったり喉が痛くなったりするが、凛君の場合は歌うと鼓動が小さくなる。歌うと落ち着いて心拍数が下がるのはいいことだが、苦しくなるのはいいことではない。とりあえず鼓動を高める薬を出しておくからこれで様子を見ましょう。なるべく歌わないようにね」


 病院から薬をもらい家に帰った。歌わないようにと言われても学祭前でもっと練習したりしなくちゃいけないのにどうしたらいいのか。とりあえず京子に連絡しようと思ったがなんて伝えようか迷った。正直に医者に言われたことを言うか、心配かけないように本当のことを隠すか。迷いながらも携帯電話を手に取り京子に連絡をすることにした。


「凛か。病院はどうだった?」


 この声を聴いて悟った。嘘をついても絶対に見抜かれると。


「お医者さんに診てもらったのですが、わからないそうです……」


「わからないだと?」


「僕みたいな症状は今までに聞いたことがないって。とりあえず薬をもらって様子を見ることになりました」


「そうか。学校祭前だから無理をするなというのは難しいがなるべく無理をするなよ。練習のほうは本番に備えてなるべく歌うのは減らそう。ではまた明日」


「はい」


 そこで通話は終了した。少ししてから気が付いた。鼓動が小さくなっていることを話してない。嘘をついたわけではないが言い忘れてしまった。でもこの話はまた学校で会ってからにしよう。今はとりあえずお腹がすいたからご飯の準備をすることにした。



「凛おはよう」

「おはよう」


 直哉はまた遅刻ギリギリに登校してきた。


「昨日病院に行っただろ。医者はなんて言っていた」

「それが医者でわからないって言われた」

「凛は医者でも分からない病気にかかっちゃったのか?」

「まだ病気と決まったわけではないけどね」

「でも無理はするなよ。主役に何かあったら困っちゃうからな」

「そうだね」


 美樹も朝のホームルームが終わるとうちのクラスにやってきた。


「凛。どうだったの?」

「医者でも分からないだってさ……」


 僕が説明する前に直哉が言ってくれた。


「凛。そうなの?」

「うん。今は様子見だってさ」

「そっか。明後日が本番で明日は学校祭の準備で忙しくて練習はあんまりできないだろうから、ちゃんと練習できるのは今日で終わりだけど、無理しないようにね」

「そっか。もうすぐ本番か」

「だな」

「じゃあ私は教室に戻るね。また放課後ね」


 美樹は自分のクラスに帰って行った。美樹の言うと通り今日が最後の練習になるかもしれない。無理をするなと言われたが最後の練習ぐらいちゃんとやったほうがいい。


「みんな座れ。授業を始めるぞ」


 放課後までこの長い苦痛の授業が始まった。


「終わった。凛行こうぜ」

「うん」

「そっか。明後日が本番で明日は学校祭の準備で忙しくて練習はあんまりできないだろうから、ちゃんと練習できるのは今日で終わりだけど、無理しないようにね」

「そっか。もうすぐ本番か」

「だな」

「じゃあ私は教室に戻るね。また放課後ね」


 美樹は自分のクラスに帰って行った。


 美樹の言うと通り今日が最後の練習になるかもしれない。無理をするなと言われたが最後の練習ぐらいちゃんとやったほうがいい。


「みんな座れ。授業を始めるぞ」


 放課後までこの長い苦痛の授業が始まった。



「終わった。凛行こうぜ」

「うん」


 今日の授業も睡魔と格闘しながらではあった。歌のことを考えていたから授業のことが一つも頭に入ってない。今はそんなことを気にしても仕方ないか。とりあえず音楽室に向かった。


 音楽室につくと京子と加藤先輩が待っていた。


「加藤先輩こんにちは」

「こんにちは。最後の練習になると思って完成した曲を聴きに来たよ」

「客、一人目ですね」

「そうなるな」


 ガラ。ドアが開く音がした。


「こんにちは。あ。加藤先輩。歌を聴きに来た感じですか?」


 美樹も少し遅れてやってきた。


「本当は本番の楽しみにしておこうかと思ったのだが、念のため聴きに来たよ」

「なるほど」

「では始めるよ。凛はどうする。歌うのは本番に取っておくかい」


 やはり京子は心配のようである。


「今日は頑張って歌う」

「そっか。無理はするなよ」


 さっそく練習が始まった。歌い始めたが今のところ胸に違和感はない。もしかしたら医者からもらった薬が効いているのかもしれない。ちょっとさっきより力をいれて歌ってみることにした。無事に歌い切った。

パチパチパチ。加藤先輩が拍手してくれた。


「すごくいい感じだよ。特に凛君の最後のほうの歌い方よかったよ」

「ありがとうございます」

「凛、あんなに一生懸命歌って、胸の苦しみは大丈夫?」

「うん。今のところ大丈夫」

「そっか。じゃあもう一回やろう」

「今度は全力で歌ってみます」

「……わかった」


 京子の心配そうな気持が顔にまで出ていた。


 確かに心配する気持ちもわかるが僕には心配以上にみんなから期待されているからそれに応えたい。体には負担をかけるかもしれないけど今は歌に耐えてくれることを願うしかない。


 演奏が始まった。僕は一度深呼吸して歌い始めた。

歌い始めは何も違和感はなかったが歌うにつれて胸のあたりに違和感が出始めた。でも歌い続けることにした。曲があと少しで終わるところで苦しくなってきてしまった。胸に手を当てながら苦しいのを我慢した。あと少しで曲が終わると思って苦しいのを隠そうと思ってまた頑張ろうとしたとき、胸に手を当てて感じていた心臓が大きくドックンと一回感じて次の鼓動が感じなくなった。その瞬間、目の前が歪んで見えクラッとしてしまい膝をついてしまった。


「凛!」


 誰かが叫んでいるよう気がしたが誰の声だか聞き取れなかった。そのまま前に倒れそうになったが誰かが前で抱えるようにしてくれたようである。


「凛!」


 一瞬意識を失いそうであったが今の呼びかけではっきりと意識が戻った。どうやら京子が支えてくれていたみたいである。僕はゆっくりと立ち上がった。


「凛、大丈夫か?」


 立ち上がった体を直哉が手で支えてくれた。


「ああ。今は大丈夫……」

「凛、本当に大丈夫か?」


 みんな僕の顔を心配そうにうかがっている。それも仕方がないことか。


「救急車呼んだほうがいいかな?」


 美樹が慌てオドオドし始めてしまった。


「美樹。大丈夫だから落ち着いて。もう大丈夫」


 そういうと美樹は落ち着きのないバタバタしていた体を止めて落ち着きを取り戻した。


「みんな心配かけてごめん。もう大丈夫だから」

「凛……」


 京子がちょっと怖い顔をし始めた。


「私の間違えじゃなければ鼓動を感じなかったけど、なにか隠してない?」


 そういえば鼓動の件は話していなかった。


「隠していたわけじゃないけど、医者に歌うと鼓動が小さくなっているって言われた。本当に隠していたわけじゃない。ただ言い忘れていただけ」


 京子は顔がけわしくなり拳を握り始めた。打たれると思ったがすぐにその拳はほどけた。


「なんでそんな大事なことを言い忘れるの!」

「ごめんなさい」

「本番は中止ね」


 みんないっせいに京子の顔を見た。


「言い忘れたのは謝るから、中止なんて言わないで!」

「仕方がないか。凛の体調がよくないし……」

「そうだな……」

「みんな納得しないでよ。大丈夫だから」

「鼓動が止まるのが、どこが大丈夫なのよ。今すぐ病院に連れて行くから!」


 京子は完全に怒っている。しかしその怒りも心配から来ているものだと思う。でも中止は許せない。


「話を聞いて。確かに歌うと苦しくなって鼓動が小さくなる。でもね、僕が一回歌うだけでお母さんのように多くの人に奇跡が起こるかもしれない。学校祭以降は歌わないようにするから学校祭だけは歌わせて」


 少しの間沈黙が訪れた。


「……わかった。でも今日はこれで練習は終了だ。今から病院に連れて行く」

「……ありがとう」


 みんな安心したようで顔がいつものようになっていた。


「これだけはわかっておいてね。凛のその症状は下手をしたら命に係わるかもしれないのだからね」


 京子に言われて気が付いた。確かにあの時、鼓動が止まった。あの時は一瞬の出来事であったが、次は一瞬では済まないかもしれない。今になってこの症状の重さがわかった。


そのあと片付けが終わるとみんな解散して僕と京子だけ病院に向かった。


「やあ。凛君。あと付添いの方は彼女かな。どうぞお座りください。昨日会って、今日また来たってことは歌ったんだね?」

「はい」

「また苦しくなったのかい?」

「一瞬、心臓が止まりました」


 僕が喋る前に京子が説明し始めた。


「……ほう。具体的にどんな状況で心臓が止まりましたか?」


「学校祭に向けて、みんなと練習中、最初のころは何もなかったのですが、歌っていると胸に手を当てはじめ苦しそうな表情をしながら歌っていました。すると急に膝をつき、私は慌てて凛に近づき倒れそうな体を前から支えました。密着しているにもかかわらず凛の鼓動が感じなかったのです。すぐに凛が立ち直ったので、話を聞いたら鼓動が感じなかったのは私の勘違いではないことを確信しました」


 医者は紙にメモをしながら話を聞いている。


「なるほどね。凛君は歌っていてどうだったの?」


「最初のころは違和感も何もなかったので薬が効いているのかと思ってもう少し頑張ってみようと歌ってみたら胸に違和感が出てきて徐々に苦しくなりました。手を胸に当てていると、一瞬ドックンと大きく鼓動がしたと思ったら、その後の鼓動が感じられなくて、あれって思った時には膝をついていて気を失いかけていました」


「なるほどね。昨日凛君が来てから私のほうでも違う医者に電話をしたり、歌に詳しい人に話を聞いてみたのだけれども皆わからないそうだ。昨日の検査と今の話を聞いて推測でしかないけど、このまま歌い続けるといずれ完全に心臓が止まり死んでしまうかもしれない。私のほうでは歌うなとしか言えない」


「明後日、学校祭で歌うことになっているのですが歌わないほうがいいですか」


「それはもちろん歌わないほうがいい。しかし、今では凛君の歌に期待している人も多いし、きっと凛君もそれに応えたいと思っていると思う。私は医者だから反対しかできない」


「わかりました」


 病院で効くかわからない薬をもらって家に帰った。京子は僕が心配だからと言って僕の家に泊まるといったが僕は大丈夫だといって帰らせた。疲れたのでベッドに横になった。自分自身の死については考えたことがなかった。死にたくはないが学校祭では歌いたい。けどもしそこで本当に死んでしまったらどうしよう。


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