作曲
それからというもの、このことが噂になり僕のもとに歌ってほしいと頼み込んでくる人が絶えなかった。見かねた京子の案で僕の歌を聴きたい人は来月始まる学校祭の時に演劇や演奏会があるからその時に聞きに来るようにお願いした。
お母さんはそれから数日後には箸がもてるほど回復して今は歩けるようにリハビリに入っているらしい。
「凛。結局何歌うの?」
「……まだ決まってない」
京子は僕に許可なくそう言ってしまったので僕はもう学校祭で歌うしかなくなってしまったが助かった。最近歌うにつれて胸の違和感が大きくなってきている。歌うのに疲れているせいか体力も落ちた気がした。そんな悩んでいる僕を見て直哉はさらに難しいことを言い出した。
「自分で曲作ってそれを披露しちゃえば?」
「そんなの無理だよ!」
自分で言うのも変だが歌う才能はあるのかもしれないが作る才能はないだろう。
「全部自分で作れと言っているわけじゃないよ。作曲は無理だろうけど作詞ならきっとできるよ!」
確かに歌詞だけならできるかもしれないが作曲は誰ができるのであろうか。
「作曲は誰がするの?直哉出来るの?」
「俺は出来ない。俺ができるのはギターぐらいだ」
「私はバイオリンなら少しできるよ!」
美樹がバイオリンをできることに驚きである。
確かに曲を作るのはいいかもしれない。せっかく声が戻ったのだから記念に何か作るのも悪くないかもしれない。
「…学校祭の思い出に曲を作るのもいいかもしれないね」
僕は直哉の案に乗っかることにした。
「生徒会長もピアノ上手らしいから四人で学校祭に自作の曲を披露しようよ!」
「わかった」
「頑張ろう」
「おー」
今年の学校祭は楽しくなりそうである。
僕は昼休みに京子に会いに行った。
「やあ。凛。どうした?」
「学校祭、自分たちで作った曲を披露しようよってことになりました」
「それはいい案だ」
「それで京子にはピアノ担当してもらいたいです……」
「それは構わないがもう曲は出来ているのか?」
「まだ歌詞すらできてないです。歌詞は僕が考えるけど曲を作ってくれる人を探しています」
「それなら心当たりある!」
「誰ですか?」
「バスケ部部長さ!」
予想外な人が出てきた。でも確かに曲が作れるなら前に約束した何でも言うことを聞いてくれるって言っていたからそれで頼むのもいいかもしれない。
「ここだけの話……」
急に京子が僕の耳元で喋り出した。
「部長は好きな人に自作の曲を披露してドン引きされて振られたらしい」
僕はクスっと笑ってしまった。でもこれで作れる人は見つかった。早速京子はバスケ部部長を連れてきた。
「凛君、久しぶり。ついに俺が何をするのか決まったのかい?」
「はい。僕と一緒に曲を作ってもらえませんか?」
バスケ部部長は少し驚いた顔をしていた。
「喋れるようになったとは聞いていたがこんな声だったとは驚きだ。その声ならきっといい歌が作れるだろう。もちろん答えはOKだ」
「ありがとうございます!」
それから曲の構成やこんなイメージといった打ち合わせをして作曲は任せた。これで作曲は大丈夫だろう。問題は僕の作詞である。
僕は授業中も作詞を考えていた。考えている間にいつの間にか授業は終わり放課後になってしまった。すると直哉がやってきた。
「授業中、ずっと悩みこんでいたみたいだけど作詞だろ。いいのは思いついたか?」
「全然思いつかない。どんな書いたらいいのだろうか」
「凛の声からしてやっぱりバラードがいいと思うから、感謝とか愛とか誰かに贈る言葉とか、そう言った類を書けばいいじゃないか?」
「なるほど。家に帰って考えてみるよ」
さっそく家に帰って考え始めた。直哉が言っていたことを思い直した。
「感謝、愛、か…」
この曲は僕の歌を聴きたいといった病院の人たちに贈る歌。とりあえず、みんなにどんなことを伝えたいか文章にしてみよう。書いていると色んな気持ちが沸きあがってきた。今はこういった単語や文章をひたすらメモのように書き連ねていくことにした。それからという日は朝起きたとき、授業中、みんなと話しているとき、お母さんといるときに思い浮かんだことをメモ帳に書き残して行った。
そして数日後、早くもバスケ部部長が大まかな曲を作ってCDにして持ってきた。
「注文通り、バラードにしてみた。楽器はピアノ、ギター、バイオリンでいいよな。まだ大まかな曲しかできてない。けどこれをもとに歌詞を付け加えてみてくれ」
「ありがとうございます」
「じゃあまた歌詞が出来たらみんなで曲を合わせながら完成させていこう」
バスケ部部長はCDを渡すとすぐに教室に戻って行ってしまった。学校帰り、そのCDを持って母のもとに向かった。
「あら。凛、来てくれたのね」
「元気そうだね」
「凛が歌ってくれたからね。そういえば聞いたわよ。学校祭で、自分たちで作った曲をみんなに披露するらしいね」
「うん。今頑張っているとこ。それでお母さんが持っているCDプレーヤー借りに来た」
「いいわよ。持っていきなさい」
「ありがとう」
「私も披露しないとね」
するとお母さんは自分でベッドから起き上がりそばに置いてあった松葉杖で歩き始めたのである。
「すごい!」
僕は驚いた。この前は箸が持てるぐらいだったのにいつの間にか自分で進んでいるのであった。
「これも神様があなたに与えた力のおかげよ」
本当に神様が僕にこの力を与えてくれたのであれば感謝してもしきれないくらいである。今度は母だけでなく周りの人たちにも同じ奇跡を与えられればいいけど。そのためにも今は歌詞を作るのを頑張らなくては。僕はより一層やる気が出てきた。
「早速、CDプレーヤー使わせてもらうよ」
バックからCDを取り出してセットした。イヤホンを耳に付けて再生ボタンを押した。流れてきた音楽はギターだけの物であった。しかし、僕の要望通りバラードで素人とは思えないほど綺麗な曲だった。歌が入っていないのに涙が出てきそうな文句なしの曲であった。あとは僕の歌と歌詞しだい。少し不安になってきてしまった。
「不安そうな顔ね」
どうやらお母さんにはお見通しのようである。
「重く考えないでいいのよ。自分の気持ちや願い、誰かに伝えたいことをそのまま書けばいいのよ。もし私みたいに奇跡が起きなくても大丈夫。普通に考えたら病気がよくなるなんてありえないことだから。それに凛の歌は誰が聞いても満足するから誰も責めたりしないわ」
「ありがとう。少し楽になったよ」
今日はそれで家に帰った。夕食とお風呂を終えると机に向かい作詞することにした。お母さんから借りたCDプレーヤーでバスケ部部長が作った曲を聴きながら考えていることにした。すると不思議と曲にあった文章が作れるようになった。そこからは一気に書き連ねた。そしていつの間にか僕は机で寝ていた。気が付くと朝になっていた。時計を見ると遅刻ギリギリの時間であった。僕は慌てて準備して学校に向かった。学校に向かうときも授業中もイヤホンでずっとあの曲を聴いていた。そして今日の放課後、京子の協力もあり音楽室の一部屋を借りることができた。
「みんな集まったみたいだね。早速僕が作った曲がどうなったか聞かせてもらうよ」
「わかりました」
そういうと直哉がマイギターを持ってきた。
「俺も先に楽譜を見してもらって少し練習していたけど凛と合わせるのは初めてだから緊張してきた」
直哉も緊張しているようだ。僕も自分で作った歌詞が変じゃないか心配になってきてしまった。
「美樹さんと生徒会長は今から始まる曲に合わせて徐々に俺と楽譜を作って行こう」
残りの三人は僕と直哉を聴きながらやっていくらしい。
「じゃあ凛行くぞ」
「うん」
さっそく始まった。CDと生じゃまったく違うように感じた。僕は一度深呼吸して歌い始めた。初めてとは思えないほど直哉のギターは歌いやすく感じた。僕も自然と緊張がほぐれていった。
曲が終わった。しかし誰も拍手も喋りもしなかった。やはり変だったのであろうか。僕は落ち込んでしまった。しかしバスケ部部長が喋り出した。
「凛君。すごいよ。つい言葉を失ってしまった。俺の作った曲がここまですごく聞こえるとは思ってもいなかった」
「てっきり歌詞が変でみんながっかりしているのかと思いました」
「そんなことは絶対にない。まだピアノもバイオリンも入っていないのにこれだけの曲になるなんて驚きだよ」
「生徒会長、私たちも責任重大ですね」
「そのようだね」
二人はどこか心配そうな顔をしていた。
「じゃあ早速みんなでこの曲を完成させよう」
「おー!」
一致団結した。ふと思ったことがあった。
「美樹と京子と部長さんは生徒会や部活は大丈夫ですか?」
僕や直哉は部活に入ってないから大丈夫だとして、美樹と京子とバスケ部部長はちゃんとやることがある。
「部活はしばらく休み貰っちゃった!」
「俺も大丈夫だ。もう部活は引退しているからな。だから俺を部長さんはやめてくれ。俺は加藤智之。加藤でいい」
「私も大丈夫。私も引退間近で学校祭は副生徒会長がメインにやる行事だからな。クラスの出し物も当日までやることはない」
「クラスの出し物!」
僕は動揺を隠せなかった。今思えば出し物を決めた記憶がない。いったいうちのクラスは何をやるのであろうか。
「直哉。僕たちのクラスは一体何をやるの?」
「覚えてないのか?そっか……。最近の凛は歌詞の作成で集中し過ぎでクラスの話し合いに参加してなかったからな」
確かに最近は作詞で頭がいっぱいだった。いったい何になったのだろうか。
「なんとうちのクラスは隣のクラスと合同で女はメイド喫茶と男は執事喫茶をやることになりました。ちなみに凛はメイド喫茶側だからな」
「え。なんで僕はメイド喫茶なの?」
僕は男性だから普通に考えたら執事喫茶であろう。直哉がニコッと顔をした。
「美樹から聞いたぞ。女装したことがあるらしいな。それもかなりの美少女になったらしいじゃないか」
「おい。美樹!」
美樹は急に僕から顔を背けた。まったく余計なことを喋ってくれたものである。するとポンっと京子が僕の肩に手をかけた。
「諦めろ。それに確かに美少女だったぞ。あれなら客受けもいいだろう」
他人事のように京子に言われてしまった。僕の身にもなってほしい。あれはかなり恥ずかしい。
「それは見に行きたい。俺も行かしてもらおう」
加藤先輩にもあの姿をさらすことになってしまうのか。僕のクラスはその意見を反対する者はいなかったのかと不思議に思ってしまった。もう諦めた。
「わかりました。メイド喫茶でも何でもやりますよ!」
「凛君、よく言った。じゃあそろそろ曲を作っていこう。まず美樹さんと京子さんには仮の楽譜を渡しておく。これから少しずつみんなで、合わしながら変えていこう。直哉君と凛君も同じだ」
「わかった」
「はーい」
これで本格的に始まった。僕は生で歌ってみて違和感がある言葉を修正して行く作業をすることになった。他の四人は加藤先輩を中心に曲を完成させようとしている。僕も頑張らなくてはと思い一生懸命歌った。しかし歌い終えると、つい胸のあたりが苦しくなった。
「凛大丈夫か?」
「……大丈夫。ちょっと疲れただけだよ」
「じゃあ凛は少し休憩してな」
「わかった」
京子の言葉に甘えて少し休憩させてもらうことにした。窓辺で椅子に座り外を眺めていると誰かが僕のほうに近づいてくる音がした。振り返ると京子であった。
「凛大丈夫か?」
そういうと僕の額に京子は手を当てた。
「熱はないようだが。あまり無理はするなよ」
「うん」
その日はそれで終わった。




