#113 また私を…
「なに………あれ……」
「黒い………ブリューナク……」
「おいおい……こりゃあ流石に……」
「少し、マズイな」
「少しどころじゃ無いですよ、オルガさん……」
「アキト……の魔獣の力…………」
リラ、コトハ、ジント、オルガ、カルマ、ケイ。全員が全員言葉を失っていた。
それほどまでに今目の前の神凪アキトという人間から発せられる魔力は膨大で、両手に持つ二振りの焔の大剣は尋常ならざる熱気を発していた。
魔力感知が苦手なケイでさえ魔力の波動一つ一つが馬鹿げた物だと認識できる。
この時誰も知る由もないが、人の血の匂いにつられてベガの街までやって来ていた魔獣が、アジ・ラスパーダの出現にも負けなかった魔獣が全て。一匹残らずベガの街半径10kmから姿を消した。
彼らの本能が警鐘を鳴らしたのだ。此処にいれば確実に死ぬ、と。
それほど、今のアキトの力はずば抜けていた。
古代の王の時代まで遡っても、一度に神の器を複数使役したのはかつて最初の『焔剣王』と呼ばれた初代のNo.1の適格者だけである。それでも一時的なものであり、使えたのは一度のみと言われている。
しかし今のアキトは誰がどう見ても二本のブリューナクを所有している。それもそのはず、アキトとリラはかつてオル・グランクに魔獣の魔力を埋め込まれた。
それはアキトとリラのいや、神器の適格者の体内に入ることで、オル・グランクも予想できない変化、いや、進化を遂げたのだ。
例えばリラの埋め込まれた魔力はリラの体内で変化を続け、そして辿り着いた答えは、敵の先を読む事。
オル・グランクは実験を続けそれを『観察』と呼んでいた魔力の力に酷似しているが、非なるものである。
『観察』は敵単体の先の動きを読む事。
しかしリラの力は複数の生物の魔力の先の動きを読む力である。
『時渡』それがリラの魔獣の魔力の力である。
前置きが長くなったが、ここからが本題である。
勿論神凪アキトも適格者である故、魔獣の魔力が体内に入れば特殊な進化を遂げる。
神凪アキトに埋め込まれた魔獣の魔力は超大型種、アジ・ラスパーダのもの。それは皮肉にもオル・グランクが全く予想もしていなかった所で、No.1聖焔剣ブリューナクと繋がっていたのだ。
元々ブリューナクは神の器では無い。
元々時の『焔剣王』が使っていた剣というのはブリューナクでは無いのだ。
その剣の名は『コールブランド』。
コールブランドは一度、裏切りに会い半ばから折れている。それを『焔剣王』は修復する事はせず、2つに力を分ける事とした。
一つは剣と焔の力を。もう一つは強大な魔力と何物をも超える力を。
前者がブリューナクで、後者がヴィルフリート。
元々ヴィルフリートというものは超大型種、空の帝王、最強の魔獣と呼ばれる、アジ・ラスパーダの始祖である。
話が戻るが、オル・グランクが魔力を埋めた人体には元々ブリューナクの魔力が収まっていた。するとどうなるか、二つの半身はそれぞれ相乗効果を促しあい、一つになろうとする。元々、アジ・ラスパーダの魔力を埋めたら、『複写』と呼ばれる能力が発現するはずである。しかし、適格者である人類に埋めると、『同調』と呼ばれる能力になる。しかし、今神凪アキトに起こっている現象は、『同調』では無い。
『同化』それが神凪アキトの魔獣の魔力の力である。
『複写』は王の器のコピーは出来ない、『同調』は神の器のコピーは出来ない、しかし『同化』はそれすらも可能性にするのだ。それは半身が半身を求めるが故の、一つになろうとするが故の禁じられた副産物であった。
「くっ、神器解放!みんな!ぼうっとしてないで!行くよ!!」
いち早く魔力に当てられて感情の抜けた状態から抜け出したリラは青白い光を纏い、頼れる仲間に叱咤を飛ばす。
「お、おう!ここまで来たらやってやるぜ、元々アキトがバケモンみたいな魔力を持ってるのは知ってたしな」
「これから更に三倍くらいに増えますよ?お兄ちゃんの魔力」
「うへえ、想像もしたくねえ」
「帰ったら、あの黒い剣見せて貰おうぜ」
帰ったら。その言葉が全員の心に響く。
「うん!絶対……みんなで生きて帰ろう」
「「「「「おう!!」」」」」
過去最強の神器使いを止める為の戦いの第二幕が切って落とされた。
〜〜〜〜〜〜〜
「フェアリー・ファンタジウム!!」
「メテオ・グラビトン!!」
上空から神の器の一撃と王の器の一撃が飛んでくる。
それをアキトは左手のヴィルフリートで難なく弾く。
更に追撃とばかりに飛んでくる爆炎の弾をブリューナクで弾き、死角から飛んでくる籠手での一撃を身を引き、躱す。
既に戦闘開始から一時間、みんなの魔力は限界に達していた。
「はぁっ、はぁっ、きっついなこりゃ」
「ケイ、泣き言言うんじゃ……ねえ…」
「ジントさんも……肩で息してるじゃないですか……」
そしてその隙を、アキトは見逃さない。
「「「うおっ!」」」
アトミック・ブレイザー。
アキトが最も得意とする、熱線魔法。かろうじて王の器で防御できたものの、踏ん張りが利かず、男三人は吹き飛ばされた。
「ケイ!ジントさん!カルマ!」
「リラ!」
余所見をしたリラにアキトが迫る。ブリューナクを振り上げた瞬間にオルガが妖精の籠手でブリューナクを弾く、だがヴィルフリートが迫る。それもオルガが弾くが、両手が塞がってしまった。その気を逃さず、アキトが回し蹴りを放つ。
「オルガ教官っ!!」
今立っているのはリラとコトハだけである。
だが、その2人もラル・イーガと王の器を維持するのに全ての魔力を注ぎ込んでいなければいけないので、もうフラフラである。
「もう…止めてよアキト……」
「リラお姉ちゃん!?」
フラフラとリラがおもむろにアキトの方へと歩き出す。
側から見ればただの自殺行為である。それを見たコトハが堪らず声を上げる。
アキトとの距離、約10m。
そしておもむろにリラは左手を突き出した。
「ねえ、アキト…覚えてない?この手袋、アキトがくれたんだよ?この扇も、私が渡したの……覚えてる?」
その言葉を聞いて、アキトの魔力が少し薄れる。
「ねえ、アキト……忘れちゃったの?私との時間……全部」
アキトがブリューナクを、ヴィルフリートを解除する。
「ねえ、アキト……私の告白も、アキトの告白も、デートの事も全部私は覚えてるよ?でも、でも…」
アキトが身に纏う魔力を止める。
「私の事………忘れちゃったの?また……私を一人にするの……?」
その言葉を聞いた途端、アキトは糸が切れたかの様に、崩れ落ちる。
「今だリラお姉ちゃん!どいて!!」
その隙にコトハがアキトの背中に触る。そして何か呪文を唱え始めた。
そしてその詠唱が終わった瞬間、アキトの背中から物凄い豪炎が立ち上る。
「お姉ちゃん!!」
「ラル・イーガ!!」
涙に濡れた光が、アキトとリラを包み込んだーーー