#111 従属と解放
「あ、あ、ぁ…………」
恐れていた事が起こってしまった。
私はオルレマイオス古代種という聞いたこともない魔獣が出てきたときに気づくべきだったのだ。キリコ・ティーエンスやアルド・ティーエンスなどの悪魔が今回の事件に関与しているという事を。
そうすればこんな事は起きなかった。
「グォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
アキトが咆哮を上げる。
何故アキトがこんな風になったかは予想できる。恐らくオル・グランクに埋め込まれた魔獣の魔力が暴走したのだろう。そしてキリコによって魔獣化させられた。
何故そんな事になったのかはわからないが、少なくともアキトが望んだ事ではない。これだけは言える。
「リラお姉ちゃん!!アキトお兄ちゃんはどうしちゃったの!?」
リラはこれまでの事を掻い摘んでコトハに話す。
するとコトハは…
「分かった。それなら、私ならお兄ちゃんを助けられるかもしれない」
「本当⁉︎」
リラはこれまでアキトから魔獣化したハルオミとアツシの事を聞いている。そしてその顛末は全て殺すしか手の無かったという事も。だから今回何故アキトがユイを《助ける』と言うのか分からなかった。リラはてっきり殺して上げる事で苦しみから解放するという意味かと思っていたのだが。
「私の固有魔法、『セレスティアル レイン』なら。この魔法ならお兄ちゃんを助けられる」
「セレスティアル レイン?」
コトハの固有魔法、セレスティアル レインは厳密に言うと固有魔法では無い。何故ならこの魔法は神凪家が代々受け継いできたものだから。そしてその魔法の所有者は『封印の巫女』と呼ばれた。何故封印の巫女と呼ばれるのか、その理由は簡単である。
魔力を封印するからである。
セレスティアル レインは戦闘用の魔法では全くない。
大量の魔力を使用する事で他人や魔獣の魔力を封印することが出来る魔法である。アキトの背中の紋章は幼い時に先代の封印の巫女である母から封印されたものであり、上手く使えばアキトの魔獣の魔力だけを封印することも出来るかもしれない。
だがそれを聞いたリラは、
「ううん、魔獣の魔力を封印するだけじゃダメだ。多分魔獣の魔力は…従えなきゃダメなんだと思う」
アキトとリラが魔獣の魔力を埋め込まれたのは今から8年前である。それまでその魔力が発現しなかったのはリラは偶然だとは思っていない。
それすなわち、魔獣の魔力が自分達の魔力を侵食したのだと、そう思っている。
自分達の知らない所で自分達の魔力が魔獣の魔力に侵食され、魔獣の魔力の方が多くなったのであの、黒色魔力が発現したのだと。そう思っている。
「だから封印しても、従えなきゃアキト自身の魔力が減っちゃうし、そうでなくても何時また侵食するか分からない」
「そっか、じゃあリラはお姉ちゃんはなんで魔獣の魔力を従えられたの?」
「それは………」
リラが始めて黒色魔力を従えたと思ったのは魔法演舞の時。リックスとの決勝戦である。
あの時はただ、リックスに勝つ。そう思っていたときに普段とは違う事。相手の先の行動が見えるようになったのだ。あらから偶にではあるのだが、魔獣の先読みが出来ることが多くなった。
だから多分魔獣の魔力を従える条件としては。
「強い想いと、大量の魔力だと思う。あの時私は絶対に勝つって言う想いとそれとヴァルキュリアを使ってなかったから魔力が多く有った。だから多分」
「なら、大丈夫だ。お兄ちゃんの魔力を解放してあげればいい」
「アキトの魔力を解放?」
魔獣の魔力を解放してしまっては元も子もないのではと思ったが、少し考えて気付く。
「アキトの背中の紋章……」
「そう、アキトお兄ちゃんの背中の紋章にはアキトお兄ちゃんの大部分の魔力が封印されてる。だからそれを解き放てば多分」
「一つ目の条件はクリアできる」
「だけど二つ目の条件は……」
強い想いなど魔獣化したアキトが持ち合わせている訳が無い。しかしリラには一筋の光明が見えた。
「それなら大丈夫、私の古代魔法を使えばいい」
「リラお姉ちゃん、古代魔法なんか使えたの⁉︎」
「うん、アキトも使えるよ?」
「………流石にここまで来ると怖いよ二人とも」
リラの古代魔法、ラル・イーガは端的に言えば感覚の共有である。アキト曰くハルオミもアツシも魔獣の中で自分の意識を保っていたという。それならばリラのラル・イーガも届く筈だ。少しでもアキトの意識が残っていれば、リラのラル・イーガで引きずり出せる。そうすればアキトは想いをぶつけられる。
「……うん。それならイケるかもしれない」
「でも問題は……」
そう、この作戦には大きな問題がある。
まず一つ目はアキトの背中に直にコトハが触らねばならない点。二つ目はラル・イーガを受けるまでアキトを疲れさせねばならない点。その二つの問題に立ちはだかるのは、他ならぬアキト自身である。
アジ・ラスパーダという魔獣は魔獣に珍しく大半は大人しい性格である。普段は山や森の奥地に住み、人を襲ったという報告は全く無い。それどころか、迷い込んだ森で助けられたという報告さえある。しかし、今のアキトはキリコに半分操られ、気性がとても荒い。アジ・ラスパーダとの交戦など全く無いので行動パターンが全く読めない上に、今回は相手が悪かった。というより、アキトが強いのが悪かった。
古代種は魔獣になる前の人間の魔法や、王の器、更に練器を受け継ぐ事が分かっている。それすなわち、アキトの固有魔法、『ウル・ブレイズ』と古代魔法、『ラ・クラマーレ』と『サファイア』『ブラックボックス』王のスピーチ器である、『聖焔剣ブリューナク』、練器である、『蒼閃扇舞姫』、更に魔獣の魔力である5番目の魔法が使えるのだ。
正直、勝てる気がしない。
人間大ならばまだいい。それでも勝てる気など微塵も無いが。それに加えて、少々小さいものの、アジ・ラスパーダはさっきも言った通り、超大型種なのだ。今でこそ大型種程の大きさだが、何時また魔力が暴走してソルド・ギルワーカ並の大きさになるか分からない。と言うか、そうなったら真面目に勝てる気など無い。
シリウスの総戦闘員を総力を挙げてやっと、という所だろうか。
「アキトお兄ちゃんが敵に回るとこんだけキツイとか、出来れば想像だけで済ましたかったよね」
「味方だと凄まじいけど敵になると更に凄まじいとか、強すぎて惚れ直しそうだよ、アキト」
2人がそんな皮肉を言っている間に騒ぎを聞きつけたケイ達がやって来た。
手早く状況を説明する二人、今は襲って来ないが何時リラ達を見つけて襲ってくるか分からない。それでなくてもアキトには手袋が有るのだから。
状況を伝えるとケイ達は自分達がアキトを引きつけるといってくれた。それならば安心してリラとコトハはアキトを戻すことに専念できる。よし、と気を引き締めリラはアキトを見る。するとアキトもこちらを見て咆哮を上げる。
どうやら気づいたらしい。
リラはヴァルキュリアの詠唱を終えるとキッとアキトを睨む。アキト、今助けてあげるからね。
さあ行こうヴァルキュリア、私の最愛の人を救う為に。