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第八話

八、


今日は月曜日、高橋は少し早めに学校へ向かった。講義室に着くと、まだ誰も来ていなかった。高橋は、こんなに早く来たことがなかったので、この時間だと誰も来ていないのかと少し驚いた。まず、電気をつけると、真ん中より少し後ろの方の席に座った。無論ここからでは、大きな字がかろうじて見える程度である。けれども、高橋にとってそんなことはどうでもいいのである。そもそも大学の講義ほど退屈なものはない。それをまじめに聴いているのは、根っからの真面目か、頭が固いかのいずれかだろう。しかし、講義を聴かないからといって、一番後ろの方に座ることはなかった。それには、高橋なりのこだわりがあったのだ。

まず、一番後ろでは先生から目立ってしまう。ただそれだけのことだが、それが重要なのだ。別段、騒いでいなければ、目立っていても注意はされなかったが、先生に見られているという威圧感が嫌なのだ。その威圧感から避けるため、高橋は目立たない所へと席を陣取るのだった。そして、気に入った縄張りを確保すると、本を読むか首を垂れて寝るのが一般的であった。今日はいつもより早く来たため、理想的な席を確保することができた。それだけで、一日の出だしに成功した気分になれた。

以前として、講義室は閑静なままである。ひょっとすると今日は休みなのか、それとも、自分を残してこの世から人々が消えてしまったのか?そういった高橋のくだらない妄想が始まった。今講義室を出ると外は戦場である。北朝鮮が核ミサイルを日本に向けて発射し、外は火の海と化している。服が燃え落ち、二の腕からは肉片が垂れ下がっている。体と体の皮膚がくっつかないように、両腕を前にかざし、「水をくれ〜、水をくれ〜。」と叫ぶ。どの病院も火災と爆風で駄目になり、火傷を負った人々は川へと飛び込んでいくのだった。唯一無事なのは、高橋のいるこの講義室である。いわば、核シェルターとでも言おうか。しかし、この大きな部屋に一人でいるのは、少し心細かった。一人でいるのは嫌いではないが、場所が悪かったのだ。

そのような変なことを考えているうちに、何人か人が入ってきて、高橋の妄想は妄想で終わった。そして、五分前になると人がどっと集まりだした。まるで都会の通勤ラッシュを見ているようである。辺りは挨拶やおしゃべりなどで、一時騒然となった。先ほどまでの静けさがうそのようである。それは、先生が来てもなんら変わることはなかった。みんな先生が来たことに気づいていないのか、なめているだけなのか、それは分からないが、先生がマイクを通して声を張り上げると、だんだんと静かになっていった。無論、高橋は周りを観察すると共に、本を読んでいた。そして、しばらく授業とおしゃべりのBGMを聞きながら本を読んでいると、あることに気がついた。もしかすと、伊藤が来ていないかもしれない。

高橋と伊藤は、ほとんど同じ講義を受けていた。来る時間帯が違っていても、毎回同じようなところに座るので、後から来た方がもう一人を探し、いつも近くに座っていたのだ。けれども、今日は伊藤の気配がなかった。やはり、あの事故のことを気にしているのだろうか。気になって、高橋はメールを送ってみた。そして、講義が終わるまで、また本を読んだり、居眠りをしたりした。けれども、そのメールに返信が来ることはなかった。高橋は、一日中返信を待っていたが、結局伊藤から連絡が来ることはなかった。まあ、誰とも離れて独りになりたい時もあるだろう。そう思った高橋は、無理に電話をかけることもしなかった。

伊藤から連絡があったのは、それから二日たってからのことだった。「連絡遅れてごめん。実は今、実家に帰ってるんだ。親には体調が悪いことにして、事故のことは一切話してないけど、落ち着いてきたら相談しようと思う。お前にはいろいろと迷惑かけて本当にごめんな。そっちに帰ったら、また連絡するわ。それまで、俺のことは考えなくていいよ。ありがとう。」そのような意味のことを言っていた。声の調子からして、以前よりは元気そうで、どこかさっぱりしていた。やはり、実家に帰ると落ち着くのだろうか、とりあえず、安心した。二三日親元で心を落ち着ければ、両親と相談することができるだろう。そうすれば、自分よりいいアドバイスがもらえるだろう。警察に自首する勇気が出るかもしれない。まだ、一件落着というわけではないが、高橋にはもう解決したかのように思えた。

そういえば、最近直子と会ってないな〜。高橋はふとそう思った。会っていないどころか、伊藤のこともあり、直子のことが頭から完全に離れていた。また、向こうからも連絡がほとんどなかった。特に気にはならなかったが、週末は一緒に過ごそう、そうして癒してもらおうと考えた。そのため、高橋は直子に電話をかけてみた。

「あっ、もしもし直子?久しぶり。元気にしてた。」

「元気にしてたじゃないわよ。最近メールもくれないんだから。」

「ごめん。怒ってる?」

「怒ってるわけじゃないけど、ひどいじゃない。」

「ごめん、ごめん。最近忙しくて。」

「なんか、それじゃ私が忙しくないみたいじゃない。」

「ははっ、そうかもね。」

「ふふっ、もう〜。」そう言うと直子は笑った。

「週末空いてる?どこか行こうよ。」

「ほんとに?じゃあ、土曜日にしようか。どこか景色が綺麗なところに行きたいな〜。」

「景色が綺麗なところか〜。ん〜、まあ調べとくよ。」

「うん、よろしく。」

「これで機嫌なおった?」

「まだまだ、土曜日にはいっぱいおごってもらいますから。」

電話の向こうでは、直子の可愛らしい笑い声が聞こえた。それを聞いていると、自然と高橋の頬もゆるくなってくる。人間とは不思議なものである。形相を見れば形相に、笑顔を見れば、笑顔になる。しかも、意識とは裏腹に自然とそうしてしまうのである。

「分かりました〜。それじゃ、またね。」

「うん、またね。」


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