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第四話


四、


 それから一週間ぐらいたったであろうか、伊藤は宣言通り彼女と別れた。一方、高橋はというと、別段大きな変化はなく、直子とうまくやっているようであった。今も直子と買い物をした後、晩御飯を食べに来ているところだった。

「なんか、この間伊藤が彼女と別れたみたいだな。」

「えっ、本当なの。」

「俺もびっくりしたけど、本当みたいだよ。一昨日かな、俺に電話もかけてきたよ。」

「なんて言ってた?」

「まあ、落ち込んでいるというよりは、開き直ってるというか・・・すっきりしたみたい。」

「ふ〜ん。」

「今回、あいつの真剣な表情を始めてみたよ。」

「確かに想像できないな〜。私も見てみたかったな〜。」

「見てみたいって、あいつだって悩んでるんだぞ。」

「そっか。」と直子は照れたように微笑した。

 その時、「お待たせしました。シーフードパスタと三種のチーズのピザになります。」とテーブルに料理が運ばれてきた。ウェイトレスに軽く会釈をすると、「ごゆっくり。」と笑顔で挨拶をかえしてくれた。それが、普通のことなのかもしれないが、なんとなくいい店だなという印象を受けた。お店の照明はやや暗く、各テーブルに一つずつキャンドルが灯っていた。食事をしている客層も、皆上品そうである。高橋はピザを一口食べてみた。するとこれがなかなかうまい。

「ここのピザ結構おいしいよ。ひとつ食べてみな。」

「へ〜、ありがとう。私のパスタも食べてみて。」

二人は、よくお互いの料理を交換して食べた。それは、別にそうしようという意図はなく、ごく自然な行為だった。そして、高橋はそういった自然な仕草と行動で、直子とうまく絡んでいる時が一番幸せなのだった。そういったときには決まって、高橋の顔からは似合わない笑みがこぼれていた。

それから半時ほど店の中で話して、ふたりはカラオケに二時間ほど行き、それぞれ帰路についた。

高橋が家に着いたのは、午前0時頃だった。疲れていたので風呂に入ろうか悩んだあげく、カラオケで汗をかいていたので、シャワーだけ浴びることにした。汗をかいた後のシャワーは気持ちが良い。まるで、自分の中の邪念ともいうべき悪いものがすべて流されていくようである。はたして、流された邪念はどこへいくのか?流された邪念は下水道を通り、川に行く。それから、海へと至り、いづれ蒸発して雲となるだろう。そして、雨が降れば、また地上の人間たちに戻ってくる。結局、戻ってきてしまうではないか。そんなくだらない事を考えている自分がおかしかった。

それから髪を乾かすと、少し本を読んでから電気を消し、布団に入った。うとうとと気持ちよくなってきた頃、ブーッブーッと携帯のバイブ音が鳴った。高橋は面倒臭いなぁと思いつつ、電話だったので出てみた。

「たっ高橋か、いっ今俺は・・・ええっと、今からお前の家に行っていいか?」

 声の主は伊藤であった。どこか話し方が普通ではなく、なにか興奮しているようであった。

「まあ、別にいいけど。これから寝るところだったのに、いったいなんの用なんだ?」

「わっ悪ぃ、それは電話では言えないから・・・その・・・とりあえず行くわ!ごめん。」

 高橋は、前の彼女のことでなにか緊急に相談があるのだろうと思い、それほど気にも留めず、本を読んで伊藤を待つことにした。

 二十分程すると伊藤が着いた。ドアを開けると、はぁはぁと息を切らした伊藤の姿があった。目は大きく見開き、やや涙ぐんでいた。表情もかたく、興奮しているというよりは、なにかに脅えているようにもとれた。高橋は伊藤の勢いに少したじろいだが、我に帰ると、「とりあえずなかに入れよ。」と言った。

「悪ぃ・・・」

 そういうと伊藤はベットの上に座った。

「なんか飲む?」

「・・・」

「おい、なんか飲むか?」

「・・・」

「おい、伊藤!どうしたんだ。なんか飲むか聞いてんだよ。」

「ああっ、なんでもいいや。冷たいヤツ。」

「おまえ、今日おかしいぞ。前の彼女となにかあったのか?」

「いや・・・」

 高橋は伊藤にウーロン茶の入ったグラスを差し出した。

「ありがとう。」

「で、いったいどうしたんだ。」

伊藤は少しためらうと、重い口を開いた。

「実は俺、さっき人を殺し・・・」

「んん?」高橋は自分の耳を疑った。

「人を何だって?」

伊藤は涙を流しながらある一点を見つめ、恐ろしいくらいに冷静にこう言った。

「さっき、人を殺した。」

 それを耳にした瞬間、高橋の体に激しい電流が流れた。

「それは本当か?」

伊藤は、うなだれた。

「とりあえず、理由を聞かせてくれよ。俺も、できることはやるから。」

「うん。」

 そういうと伊藤は涙を手でぬぐい、たどたどしく話し始めた。

「実は、さっき・・・ひとりで夜景を見ようと思って、車で山を登ってたら・・・」

「登ってたら?」

「お婆さんが道路脇に倒れてて・・・」

「倒れてて?」

「それをひいてしまったんだよ・・・」

「ひいた後、そのお婆さんをどうしたんだ?」

「そのまま・・・」

「ええっ!ということは、お婆さんは、車にひかれた上にこの寒い中、路上にねているというのか!それじゃ、おまえはひき逃げしてきたということになるじゃないか。」

「いや、俺も逃げるつもりはなかったんだが、今日は酒を飲んでて、警察に捕まるのが怖くて・・・」

「ひき逃げに飲酒運転!」

 高橋は頭の中が真白になった。

「とにかくこれは大問題だ。これからどうするのか冷静に考えないと、おまえの人生が台無しになる。とりあえず、警察に電話しよう。」

「それはやめてくれ!飲酒運転がばれたら大学は退学になるし、まして、人をひいたとなったら・・・もう、俺の人生は最悪だぁー!」

 伊藤は頭が変になりそうであり、既に冷静に考えることは無理であった。高橋はどうしたらいいのか悩んだ。

「とりあえず、飲酒運転の件は後にして、お婆さんのことを考えよう。おまえが俺に電話してきたのは、ひいてからどのくらいたってからなんだ?」

「ひいてすぐ・・・」

「ならまだ間に合うかもしれない。とりあえず、お婆さんを病院に送って、警察には明日行けばいいじゃないか。明日なら、飲酒運転もばれないし、お婆さんの命が助かれば、そんなに罪は重くならないはずだ。そうしよう!」

「・・・」

 高橋はそう決めると、半ば伊藤を強引に連れ出し、伊藤の車を目的の山へと飛ばした。その時にはもう伊藤は泣き止んでいた。けれども、フロントガラスに反射する伊藤の顔は、後悔と不安の色で黒く染まっているように見えた。


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