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第三十話

三十、


 伊藤が自殺してから二日がたった。高橋のもとには、直子からの連絡もなく、伊藤の手紙もそのままであった。変わったことといえば、部屋を掃除したことぐらいなものだ。それ以外、高橋の感情にも大きな変化はなかった。ただ、今日は大学をさぼってしまった。それは、決して行きたくなかったというわけではなく、他にすべき事があったからだ。他にすべき事とは、山に登ることである。それが、高橋の原点であり、原点に戻る事により、これからを見つけようとしていたのだ。そこで、話はこの小説のはじめに戻ることになる・・・


落ち葉を踏みしめながら山道を登っていく。今日は、やけに落ち葉を踏みしめるミシミシという音が、耳に心地よく感じられる。高橋は、何か考え事があると、名も知れぬこの山へと足を運んでいた。紅葉も終わり、葉の落ちた樹木は、どこか寂しげな雰囲気を出しつつ、高橋を歓迎しているかのようにも見える。そして、高橋は、それに誘われるかのように足を運んでいた。半時も歩くと視界が開け、目前に錆のこびり付いた、いかにも古そうな展望台が見えた。高橋は、その展望台へと上り、背筋を伸ばすと、ため息をひとつついた。吐息は白くなったかと思うと、どこかへと消えていった。しばらく手すりにもたれ掛かり、沈黙だけが続く。そして、冬を告げるような冷たい風が、高橋の胃をさすのだった。

 それから、高橋は、しばらく冷たい風に身を任せていた。一人で山の中にいると、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。それと同時に、まだ治りかけの肋骨が痛むのを感じた。また、山の麓には高橋の住む街が臨めた。人などは小さすぎて肉眼では確認できない。電車や車でさえ玩具のように見えてしまう。

 あれが自分の住んでいる街で、今頃、直子たちは、どこかで何かしているのだろう。こうやって、街を臨んでいると、ものの見方は自然と客観的になってくる。あの街を現実社会だと想定すれば、自分のいるこの場所は非現実社会であると言えよう。自分以外の人々は、現在あの街のどこかに存在している。それには例外などないのだ。一つあるとすれば、それは高橋だけである。しかし、自分だけが脱してくると、今度は切ない気持ちになってくる。それは、まるで、街全体を敵にしたような気分である。そんな事を考え、高橋は鼻で笑った。

 そんな時、高橋の携帯に着信があった。画面を見ると、相手はどうやら直子のようである。けれども、高橋は電話に出なかった。それは出るのが怖かったからでもなく、気まずかったからでもない。高橋の中で、直子はもう別の世界の人になってしまったのだ。だからといって電話を無視してよいという術はない。けれども、出なくてはならないという法もない。今、高橋が信じる事のできるものといえば、それは、自分以外には他ならないだろう。

 高橋は、ポケットに手を突っ込んだ。そして、前よりもぐしゃぐしゃになった手紙を取り出した。この中には、自分の期待するものが入っているかもしれない。この手紙は、今の自分のこれからを決定付けるかもしれない。高橋は、一人でそんなことを思いながら、右手の中の手紙を見つめていた。

 それから、高橋はゆっくりと手紙の封を切った。そして、中からはノートの切れ端がでてきた。筆跡を見る限り、伊藤本人が書いたものに間違いはなさそうである。やや丸みを帯びたその字からは、伊藤の優しさが伺える。高橋はその字を見ているだけで涙が溢れてきた。目からこぼれる大粒の涙は、手紙の上にぽつぽつと落ち、ボールペンで書かれた字をにじませた。

 手紙の内容は、次の通りである。



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