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第二十八話

二十八、


 高橋は、家に帰るとすぐに直子に電話を掛けた。

「もしもし、直子?あの騒ぎの原因が分かったよ。」

「なんだったの?」

「やっぱり伊藤だったよ。」

「伊藤君が・・・」

「屋上から飛び降りたみたいなんだ。」

「それじゃあ・・・」

「ああ、亡くなったよ。」

 直子は、電話の向こうで泣いているようだった。受話器からは直子の声が途切れ途切れに聞こえてくる。その様子から、驚きというよりは、単純に悲しんでいるように感じられた。しかし、冷静に考えてみれば、そうなるのが普通である。だから、直子が悲しんでいるのは一般的にはおかしくない。むしろ、おかしいのは高橋の方であろう。社会一般の人はそう思うに違いない。それは直子にとっても例外ではなく、高橋の異常な冷静さに違和感を覚えていた。

「信君は、伊藤君が亡くなって悲しくないの?」

「よく分からない。」

「よく分からないって何よ。伊藤君とは親友だったでしょ。それで、何とも思わないの?」

「だから、よく分からない。もちろん、事情を知るまでは心配したさ。けれど、結末を知った時には、自分でも信じられないくらい冷静になったんだ。」

「なんで冷静でいられるの?」

「自分でも分からない。でも、なにか仕えていた物が取れて、すっきりしたような気分にも近いかもしれない。」

「それじゃ、伊藤君が厄介だったみたいじゃない。」直子は興奮しているようだった。

「そうじゃないんだ。」

「じゃあ、何よ。」

「だから、分からない。とにかく言えるのは、伊藤は特別な存在だったってことさ。」

「それなのに、泣いてもいないじゃない。」

「なんで泣いてないって分かるんだ。」

「そんなの話してれば誰でも分かるわ。」

「ああ、確かに俺は泣いてない。伊藤の結末を知った時も泣かなかったさ。けれど、それのどこがいけないんだ。泣かないからって伊藤に失礼はないだろ?」高橋は言ってしまった後に後悔した。感情に任せて、ついつい余計なことまで泥を吐いてしまった。

「ひどいわ!信君がそういう人だとは思わなかった。」

「・・・」

 それから、高橋は電話を切られてしまった。電話の向こうでは、プーップーッという音が寂しく鳴っていた。高橋は、仕方なく携帯をテーブルの上に置くと、ベットに横になった。よく見ると、白い天井には黒い蜘蛛が一匹のろのろと動いていた。白と黒のコントラストが非常に美しい。もしかすると、あの蜘蛛は、伊藤の生まれ変わりなのかもしれない。そう思うと高橋は微笑した。

 高橋は、直子との会話を振り返ってみた。しかし、感情に任せて言ってしまった事以外に後悔はなかった。自分は、今の状況を正確に伝えただけである。伊藤に対する感情や今の自分の気持ちに嘘をつけば、こんな事にはならなかっただろう。しかし、嘘をついたところで何になる?それこそ直子にも自分にも失礼であろう。人は、本当の感情をあるがままに伝えるのが常である。それを怠れば、関係は悪くなるはずだ。本当の事を言って、それに反感を持たれたら、もはやそれまでだろう。その人とは、元来合わないのだ。そもそも、万人が万人、馬が合うわけではない。自分と直子も生まれつきそうなのかもしれない。後ろを振り返れば、今までにそういったことが全くなかったわけではない。むしろ、多々あったと言えよう。今回は、それが顕著に出ただけなのだ。

 そんな事を考えていると、男女の仲というのが、よくよく分からなくなってくる。自分は、直子に何を求めていたのか?はたまた、直子は自分に何を求めていたのか?また、相手に気に食わないところを見つければ、別れてしまうのが男女の仲なのだろうか。そもそも、そんな事を言っていたら、男と女が結びつくのは不可能である。そうなると、関係がうまくいくには、お互いの我慢が必要なのかもしれない。けれども、我慢をしてまで異性と付き合う価値があるのだろうか。そんなことをしていては、自分を見失ってしまいそうである。それに一人でいた方が何倍も気楽でいい。

 ふと気が付くと、天井の蜘蛛はどこかに消えていた。そして、高橋は、ズボンのポケットに違和感を感じた。なにかと思って手を突っ込んでみる。突っ込んでみて、それは伊藤の手紙だと気が付いた。ポケットに入れていたせいか、封筒はぐしゃぐしゃになっていた。高橋はベットに寝転んだまま、その手紙をじっと見詰めていた。しかし、見つめるだけで封を切ろうとはしない。それがなぜだかは分からないが、今は開けてはならないような気がしてならない。この封を開けた時、それは伊藤との別れを意味する。そして、文章を読んだ時、それは伊藤の死を受け入れることにつながる。

 高橋は、手紙を枕元に置いて、そっと目を閉じた。このまま眠ってしまいたい。できるなら、死ぬまで目が覚めないで欲しい。もし、そうなれば、余計なことや難しい事を考えずにすむ。しかし、考えるたびにいろいろな事が頭から湧き出てくる。心は静かなのに、高橋の脳は興奮していたのだ。そのような状況において、眠れるはずがない。自分は、元来考えすぎてしまう性格なのだ・・・、自分は考えすぎてしまう・・・、自分は・・・


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