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第二十七話

二十七、


 時間も経ち、人ごみは大分少なくなっているようだった。けれども、黄色いテープのなかでは、警官がさっきと同じような事を続けている。高橋はその様子をじっと見つめていた。すると、一人の警官が黄色いテープを潜って外に出てきた。

「皆さん、申し訳ありませんが仕事の邪魔になるので、もう帰ってください。」

 それを聞いて、すぐに帰る人もいれば、聞こえないふりをしてその場にたたずむ人もいた。無論、高橋は後者の方である。それどころか、高橋は、その警官のもとに歩み寄って行った。

「すみません。この騒ぎは、一体何なんですか?」

「今はお答えできません。」

「お願いです。教えてください。」

「これは決まりでして・・・」

「お願いします。この病院に入院している友達の安否が気になるんです。」

「・・・」警官は、決まり悪そうに高橋を見ていた。

「ちょっと待っていてください。」そう言うと、その警官は他の警官のもとへと戻っていった。

 辺りは帰っていく人々の話し声と足音で一時騒然となった。その波が過ぎ去ると、その場には警官と高橋だけが残った。あれだけ騒がしかったのがまるで嘘のようである。しかし、静かになったのはいいが、いきなりこうなると、今度は寂しくなってくる。どこか、ここは自分がいてはならない場所のようにも思えてくる。そもそも、自分は何をしているのか?今は何を待っているのか?そう考えて、高橋は警官を待っている事に気付いた。黄色いテープの向こうでは、警官たちが時折高橋の方を見ながら立ち話をしている。彼らの表情から話の内容は楽しいものでないことは確かだった。

「お待たせしました。」そう言って、さっきの警官が高橋のところへ戻ってきた。

「はい。」

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「はい、高橋信幸です。」

「ありがとうございます。」そう言いながら、警官は何かメモを取っているようだった。それから、次のように続けた。

「それではお聞きしますが、伊藤隆さんのことをご存知ですか?」

「はい。大学の友達です。やっぱりあいつに何かあったんですか?」

「すみませんが、それにはまだお答えできません。もうしばらく待ってください。」そう言って、今度は病院の中へ入って行ってしまった。

 それから十分ほど過ぎただろうか、警官は、また高橋のもとに戻ってきた。

「お待たせしました。本当は、一般の方に情報を漏らすのはいけないのですが、今回は上からの許可が出たので、特別にお教えします。」

「あっ、はい。ありがとうございます。」

「とりあえず、中へどうぞ。」

 そうして、二人は病院の中へ入っていった。また、会話は歩きながら続けられた。

「やっぱり、伊藤に何かあったんですか?」

「ええ、まあ・・・」

「それに、あの騒ぎは何なんですか?」

「実は、伊藤君は、今日亡くなられたんです。」

「・・・」高橋は、一瞬自分の呼吸が止まるのを感じた。

「とてもショックな事だと思いますが・・・」

「死因はなんですか?」高橋は、自分でも信じられないくらい冷静だった。

「非常に申しにくいのですが、自殺だと思われます。」

「じゃあ、あの騒ぎはやっぱり伊藤だったんですか?」

「はい。屋上から飛び降りたと思われます。」

「そうでしたか。」

 高橋は、警官の背中を追いながら、会議室のような場所につれてこられた。中に入ると、そこには伊藤の両親が座っており、医者と警官となにか話をしていた。けれども、母親の方は泣き崩れていて話に入れていなかった。高橋が挨拶しても、挨拶を返してくれたのは父親だけだった。

高橋は、このような場合、どうしたらよいのかという知識を持ち合わせていない。そのため、誰かが声をかけてくれるまでそこに立っているしかなかった。このような状況では、慰めの言葉もかけられない。幸い、伊藤の両親と話をしていた警官が高橋を見て、声をかけてきた。

「君が、高橋君かい?」

「はい、そうです。」

「実は、君に渡すものがあるんだ。こっちに来てくれないか。」

「はい。」そう言って、高橋は、重い空気が漂う方へと足を運んだ。

「これだよ。」一言そう言うと、その警官は、高橋に手紙を差し出した。

「これは何ですか?」

「それは伊藤君からの手紙だよ。遺言といった方がいいかもしれないがね。」

「伊藤が・・・」

「そう。伊藤君は、家族と君にそれぞれ手紙を残していったんだ。」

「ありがとうございます。」高橋は深く頭を下げた。

「私に言われても困るよ。その言葉は伊藤君に言ってやってくれ。」

「はい。」

 その手紙の封筒には、直筆で伊藤の名前が書いてあった。ボールペンで書かれたその筆跡からは、どこか懐かしさが感じられた。しかし、伊藤が死んだという実感は全く湧いてこない。そのためか、悲しいとか辛いといった感情もなかった。それは、高橋が現実を受け止めたくなかったのではなく、単に、現実に取り残されているだけだったのである。

 高橋は伊藤の両親に挨拶をし、病院を後にした。黄色いテープの中ではまだ警官たちが作業をしている。高橋を中へ案内してくれた人もいつの間にかそこに戻っていた。病院の屋上を見上げると、そこは切りたった崖のようである。伊藤はあそこから飛び降りたのか。そう思っても実感は湧かない。実感が湧かなければ、これといって感情も湧かない。高橋に感情が戻るには、少し時間がかかりそうである。


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