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第二十三話

二十三、


 明朝、高橋の目覚めは最悪だった。いつの間にか寝ていたが、昨夜はなかなか寝付けず、どこか眠り足りないような感じだった。しかし、のどはカラカラで、体にも鈍い痛みが残っていた。ベットから起き上がるのもしんどいが、このまま横になっているのもしんどい。また、入院時から寝すぎているせいか頭も重かった。そういうわけで高橋はとりあえず起きる事にした。

 とにかく、のどの渇きを潤そうと冷蔵庫を開けてみたが、飲み物は入っていなかった。しかたなく、コップに水を注ぎ込むといっきに飲み干した。しかし、のどの渇きは治まらない。高橋は洗面台に両手を付き、鏡に映った自分の顔を見た。まぶたの上や頬は色が変わり、大きく脹らんでおり、喧嘩の激しさを物語っているようだった。このまま外に出たら周りから白い目で見られそうである。直子にもどう説明したらいいのか迷うところだ。伊藤関係のことは口にできないし、こちらから喧嘩を売ったとも言いがたい。まあ、考えるのも面倒なので、その場の雰囲気に任せることにしよう。それより、腹が減ってしまった。昨日の夜は何も食べずに寝てしまったからだろう。とにかく、腹ごしらえをしなくては・・・。そう思った高橋は、人目を気にせず外に出だす事にした。

 出だすといっても、まだ体が完全に治ったわけではないので、遠くに行く気はない。ただ、気分転換をし、空腹を満たせればいいのだ。なので、高橋は近くのお好み焼き屋に向かった。そのお好み焼き屋は、中年のおばさんが一人で切り盛りしている店である。店は目立たないところに在り、味もそれほどうまいわけではないので、客は多くなかった。それでも、おばさんと親しい近所のおじさん等が遊びに来るのが常であった。高橋自身、この店に来るのは三回目くらいである。何がいいということもないが、強いて言うならば、人が少ないというところだろうか。

 その日も例外ではなく、客は高橋だけであった。おばさんは鉄板の埋め込まれたテーブルに肘をつきながら、テレビを見ていた。そして、高橋が入ってくると、不意を撃たれたように姿勢を正した。

「いらっしゃい。」

「どうも〜。日替わりでお願いします。」

「はいはい。」とおばさんはコップに水を注いで来てくれた。それから高橋の顔を見て驚いた。

「余計なことですが、ひどい怪我ですね。どうかなすったんですか?」元来、おばさんというのはこういった話が好きである。彼女たちには相手がどういった状況であろうと話しかける図太いところがある。

「この顔の傷ですか?」

「はいはい。」おばさんは興味深そうに顔を見ている。

「ちょっと酔っ払いにからまれましてね・・・」

「あらま〜、お気の毒にね。夜はここら辺もぶっそうだから、気をつけてね。」

「はい。ありがとうございます。」そうして高橋は水を飲んだ。高橋が水を飲んだのを見ると、おばさんは準備をしようとその場を去った。

 店の中は、綺麗か汚いかと聞かれれば、汚い方だった。汚いというよりは生活観があふれているように感じた。店内には必要ないと思われるカレンダーがかけてあったり、店の角には普通の電話が置いてあったりした。席はざっと見て十人座ればいっぱいになるくらいだろう。客が来ない店としては十分過ぎるほどだ。

 高橋が店内を見回していると、おばさんが料理を運んできた。さすがに店を切り盛りしているだけあってやることは早い。しかし、味はいまいちだった。それに加えて、食べ物を飲み込むたびに傷が痛んだ。それでも腹を満たさなければやっていけない。そう思い、高橋はもくもくと食べた。

そうやって高橋が日替り定食と戦っている間、おばさんはテレビを見ながら笑っていた。そして、笑うたびに黄ばんだ歯がちらちらと顔を出した。髪も茶色に染めていたが、ところどころ白髪が交じり、痛んだ髪の印象をさらに悪いものにしていた。言葉は悪いが、まるで野良猫のようである。しかし、この女にも美しい時代はあったに違いない。おしゃれをするしないに関わらず、若さからくるみずみずしい時代があったはずだ。それが、このような姿になってしまうのは信じがたいことだ。いつしか自分たちの世代の女もこのようになってしまうのかと思うと切なくなる。確かに、人は外見ではないが、おおよそ内面は外見にしみ出てくるものである。いくら年をとったおばあさんでも、内面が美しい人は外見も美しく見えてくる。もちろん、その姿にみずみずしさは見受けられない。けれども、もっと遠く、深く、濃い美しさがあるのだ。若い女の美しさをガラスに例えるなら、老女のそれは陶芸品である。そうは言うものの、この女には陶芸品のような美しさはない。やはり、教養も必要なのかもしれない。と高橋は勝手におばさんを評価した。おばさんにとってはいい迷惑である。

高橋は、食事を終えると、いつものように店を早く出た。男一人で長居する必要はないのだ。それから、高橋は久しぶりに古本屋に行く事にした。最近はいろいろな事があって古本屋に行く事もなかった。それどころか、入院していたため大学にも行っていない。その時、高橋は重要な事に気付いた。今日は授業があったのだ。しばらく大学に行っていなかったので、すっかり忘れていた。けれども、今日は行く気がしない。そんな時に行くのは苦痛でしかない。今日は退院祝いと言う事にして休みにしよう。こういった甘えが後で命取りになることは分かっていたが、高橋は予定通り古本屋へと向かった。



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